君は友達。
突き刺す。

私の体を、心を。

ナイフを持つ意味がわからない子供なんだよ、と貶して自分を落ち着かせる。

最低なやり方だけど。


「おはようございます」

うっすらと手が汗ばむ。

寒いから汗ばむことは無いと思うのに、汗ばむ。

緊張が見て取れる。

きっと帰ってこない、挨拶のせいでもある。

「日野 雅、遅い」

大きくゆっくりと心臓がはねた。
止まるんじゃないかなと在り来りで大袈裟だけど。

「...すいません」

深く、長く、お辞儀をする。

「早く来なさいよ、ノロマ」

「すみませんでしたッ!」

先輩は怖い。

部活なんだから当たり前。

知ってる...そんなこと。

荷物などをロッカーに押し込んでいると、ヒソヒソと話し嘲笑う声が聞こえる。

「日野さんの名前ってー雅なんでしょ?」

「え?めっちゃ名前負け〜」

「だよね〜美人じゃない、可愛くない」

「むしろー?」

「やめたげて〜かわいそー」

よくもまあ、毎日毎日同じことをいえる。

知性が低い、インコ以下じゃんと思う。

静かに駆けだして、グラウンドに立つ。


私は、日野 雅。

阪之上高校に通う、高校一年生。

陸上部所属で一応、推薦で陸上が強い阪之上に来れた。

特技は走ること、好きなことは走ること...小さい頃からかけっことか大好きで、陸上部に入ったらエースになれた、と言ったところ。

まあ、偶然。運がいいだけ。


「日野ッ!筋トレしろ!」

「はいっ!」

先輩に睨まれながら言われればすくんでしまう。

一人寂しく声をあげて数を数えながら、腕立て伏せと腹筋、背筋を繰り返す。

知ってる。

聞けば、トレーニングだという。

でも、トレーニングという化けの皮を被ったいびりという代物なのだ。

他のみんなは走る。

陸上部だから。
ウォーミングアップで集団で走ってる。

私は部活が終わるまで永遠と筋トレをする。

途中でやめれば叱られる。

私が部活で走ることができたのは、いつだっただろう。

もう、覚えてないから。
そんなことどうでもいい。


「いち、にい、さん、しー、ごっ...」


ちっぽけで寂しそうな声の遠くで。


「いっちに!いっちに!いっちに!」

「もっと声出せ!!」

「っはいっ!」


明るくて、必死な声が聞こえてくる。


少し、じゃない。
すごく、とても、惨めになる。


私が悪い、知ってる。


だから抗議なんて一切合切するつもりがない。




「これで今日の部活を終わります!」


「あざっしたっっ!」

遠くで野太い声がした。
怒鳴り声に似た声だ。

また私抜きの終わりの挨拶。


下唇を噛んで、慌てて立ち上がった。

そして先輩の元へ駆け寄る。


「ありがとうございました!」


私を見下ろす目はどうも冷たくて、きっと今。

なによりも冷たい。

頬を突き刺すような冷たい風も、冷えきったコンクリートも余裕で越せるだろう。

そんな目は、お前なんて要らない、そうとでも言いたげだった。


「...どうも」


そんな視線に耐えきれなくて、深く、長くお辞儀をして立ち去った。

私の目に涙が浮かぶことは一切なかった。



部活が終わって、着替えて、自分の席についても、そんなに心情は変わらない。

しかし多少の安堵はある気がしなくもないかもしれない。


「おはよう、雅」

また大きくゆっくりと心臓がはねた。


「おはよう、侑奈ちゃん...」


冷静そうな声。

私は正反対にゆらぎのある声をしていた。


「雅って、前髪長いよね」

しまった。

私は欠点があっては行けない。つけ込まれる。

今の私の前髪は目に少しついている。

「明日、切ってくる、よ...だから」

頭の中を信号が行き交う。

ただの表現でしかないけど、それがピタリとくる。

「そう、見苦しいからやめてちょうだい」

そう言って踵を返す侑奈ちゃんを見てまた安堵する。

安堂 侑奈。

このクラスの委員長で、かわいくて、女子の頂点。
自分より目立つ人が許せない。
そして人に厳しい、そんなタイプ。


逆らったら終わる、そう確信する。
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