君は友達。
「でもさぁ」

くるりと侑奈ちゃんがこちらを向いた。

目が合った。

悪寒と信号が走り始める。

「...侑奈が切ったげるよ」

背筋が凍る。

嫌だ、そう言いたい。
でも、逆らったら?
どうなるか知っているのに?

それでも、逆らうのーーー?

「...ありがとう、大丈夫だよ、だか」

「切ってあげるって言ってんじゃん」

この人には、言葉が通じない。

そうだ、まるで。宇宙人。

「侑奈」

後ろで女子の声がした。

学校のピラミッドの頂点に居るような声で虫唾が走る。
いかにも作ったような声は大嫌い。

でも彼女を侑奈を止めてくれるんじゃないかというふうに思った。
だけど、当たり前ながら。
馬鹿な期待がバッサリ切り捨てられる。

「抑えるの手伝うよ!」

「楽しそー、あたしもやる」

後ろで23人の声がする。

そして遠巻きに聞こえる。
自分じゃなくてよかったという安堵の声。

気付けば抵抗も何も出来ずに、羽交い締めにされて動けなくなっていた。

「っ...ぉ願い...やめ」

「ちょっと暴れんといて」

ぐっと羽交い締めにされる力が強くなった。

直接的な痛みに思わず顔をしかめる。

「暴れたらさぁ、顔に傷ついちゃうよ?」

シャキッと、ハサミの音がした。

より一層、恐怖がまして人形のように立たされている足が震え出す。

「かわいくしてあげる」

「やめて...、やだ」

「何?断るき?あんたごときの分際で」

かっとした。

そういう言葉は大嫌いだ。

血が上ってクラクラする。

赤信号が点滅する。

「大丈夫だよ、侑奈うまいから」

ーーシャキンッ。

宙を舞う羽のようにふわふわと私の黒髪が落ちていく。

綺麗でもなんでもない。もしかしたら反対におぞましいぐらいかもしれない。

それがスローモーションで落ちていく。

きゃはきゃは笑う耳障りな声もスローモーションだった。

グイッと、サイドの髪も引っ張られた。

前髪だけじゃない、とわかったのは遅すぎた。

動こうにも動けないから。

「大丈夫だよ、じょーずに切ってあげる♡」

ーーシャキンッ。

さっきの前髪がひらひらなら今はバサッという感じ。

「やめて、やだ!」

「すげえ今更じゃん!鈍っ」

また、人を嘲笑する。

憫笑する人もいる。

私はどうやら、笑いものにならなきゃいけないらしい。

もう、なんか違うじゃん。

進学校と言うからみんな大人しく勉強しているかと思えば、人を使ってストレス発散してる。

幼稚な人間の集団じゃん。

ただ悪知恵は働くようで、進学校に行く生徒ほど、メンタルが弱いから、それをいじめて、勉強の成果が出なくて嫌になって引きこもってると委員長が言い出す。

そうすれば教師は納得する。

だって、委員長は、侑奈ちゃんは、先生のまえではいい子だから。

そうすればなんの疑いもなく、勉強ができないと感じて引きこ持っている生徒という枠に入れられる。


「...できたー、こけし...ぶはっ、ははははははは」

「ははははっははははっ!やば!ちょーぜつウケる」

「マジ卍、やば」

鏡を突きつけられて、自分の顔をのぞき込んだ。

本当だ。

こけし。

前髪はぱっつんで眉のすぐ下のライン上で揃えられて、サイドもバックも綺麗に一直線に揃えられている。

「いやあ、ケッサク、ケッサク」

下唇をかんだ。
口角を上げた。

「あ、りがとう...」

微笑んだ。

そんなこと微塵も思っちゃいないのに。

小さな胸はないていた。
声をあげず泣いていた。

私は気づかなかった。

笑いの大合唱。

気味が悪くていつまでも耳に張り付きそうだ。

耳を塞ぎたくてたまらなくなった。

「掃除よろしくーっ」

そう言って侑奈は去っていった。

しぶしぶ、ほうきを取り出し、片付けていく。

誰一人手をさし伸ばす人はいなくて、一人だけ後ろ指を刺されて掃除をしている。

私は一人ぼっちらしい。

本当に一人ぼっちらしい。
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