続・オトナになるまで待たないで
ホテルの一室に着くと、トンちゃんが手早く資料のようなものを広げ始めた。


「狭ない?」

「大丈夫よーん」

「あの……お飲み物くらいは、ワタクシ……」

「ほな、頼もか」


って言っても、部屋にお茶とコーヒーのセットあるけど……

飲み物を用意すると、テーブルを囲んで話し合いが始まった。


「て、わけでね!海ちゃんの資産を把握した資料がこれね。えーっと、まずお父さんの保険が……」

「保険?保険なんか入れる?だって……」

「入ってたんだよ」

「探したんだよ……アサちゃんのママが『入ってたはずだ』って言うから。お父さんは一回体壊してるから、保険に入れないって思ったんだけど、ママがあんまり真剣に探してくれるもんだから……」

「飲み仲間にね、盗まれてた」

「ええ!?」

「今は檻の中」


な、な、なんだ、なんだ、なにが起こったんだ?


「お父さんが亡くなってすぐにね、部屋にコソ泥に入って、証書を持っていっちゃったんだって」

ゴウが口を開いた。

「そんなん手続きできるわけないやん?それで行きつけの飲み屋の姉さんに相談してんて。で、通報されてん。アホやろ?」


アホっていうか……

話がドラマチックすぎて、入ってこない……


「これが3百万」

「さんひゃく!?」

「掛け金高かったと思うよ~。よく入ってたよね」


アサちゃんのママだ。

ママが勧めてくれたんだ。

なんか、そんなようなこと言ってたけど、方言がキツすぎて分かんなかった!!



そこから保険の説明をされたけど、めんどくさいの嵐。

貰い方によって、減ったり増えたりするんだって。


お父さん!

保険払うなら、家賃ちゃんと定期的に入れてくれれば良かったのに!

人間ドッグ、行けば良かったのに!

まったく!



それからも手続き、手続き、手続き、、、

言われるがままに、書類にサインと印鑑押しまくった。

それをトンちゃんは、一つ一つ丁寧に説明してくれた。


ようやく一段落ついたら、もう三時間も経っていた。


「部屋借りるなんて大袈裟だと思ったけど、全然そんなことなかった……」


ルームサービスで頼んだ昼食を食べながら、つぶやいた。


「『死んだ後の手続き地獄』ってね。これが終わると、寝込んじゃう人もいるからね。ワタシも親が死んだときは、仕事できなかったね」

「これでも、トンちゃんがほとんど手続き代行してくれてんで?」


ボーッとしてた頭が、ハッとした。


「あ、そうだよね。ありがとう」

「それは良いけど、どこにいたの?」


ゴウが身を乗り出した。

「それが温泉街にいてんて!信じられへんやろ~!?東京やと思うやん」

「へえ。どこの温泉?」


トンちゃんは、旅行好きらしい。

すぐにどこか分かってくれた。


「最近は行ってないなぁ」

「そや!無給で働かされてんて!」

「そうなるよね~。そういう会社だと。そこで働いてた間の勤務記録を書き出してメールしてくれる?」


だああ!また面倒くさそうなことが増えた!



「松井くんには連絡した?」


トンちゃんの一言で、部屋の空気が凍った。

ゴウの方を向けない。


「やっぱ………連絡した方がいいかな?」

「無理にとは言わないけど、彼もいろいろと……」


ゴウが遮った。


「会いたないんやったら、無理に連絡せんでもええんちゃう?あいつのやったこと考えたら、ホンマ許されへんで!」

「会社から見舞金は出てるけど、民事で争うこともできるよ?」

「いやいやいやいや!」


慌てて手を振った。

なにを争うんだか知らないけど、もう面倒くさいのはイヤ!!


「もう海はぁ。いっつもそやねん。過去を振り返らなすぎんねん」

「もういいよぉ。前を向いて歩こうよぉ。とりあえず仕事探す!私、内定してたけど、ぜんぜん出勤してないし、もうクビでしょ、どーせ」

「クビっていうより、内定辞退になってるね」
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