続・オトナになるまで待たないで
「脳ミソないんか!?」

店に、怒り声が響いた。

と、言っても千鶴の声ではない。



「ごめんなさい…」


か細い声で謝っているのは、雛ネェさんだ。


「考えたらわかるやろ!?うっとこの従業員が、出入りの業者に暴行されてんで!?警察呼ばんでどないすんねん!!」

「ごめんなさい。ネ、本当」

「ハアアアアアアア…………!」

でっかいため息。


千鶴は、逃げた。

オーナーが来た途端、頭痛だか親戚の不幸だか、なんだかんだ理由つけて、


に・げ・た。


あのやろう………



オーナーという人に会ったのは、初めてだ。

規格外に大柄で、バブリーな長髪に、

これも大きな目鼻立ち。



やり手らしいけど、冷たさはない。

不思議な魅力のある人だ。


そのオーナーが、ため息をつくのも分かる。

雛ネェさんは謝ってるけどさ、

何が悪かったかは、

全然分からないままって感じなんだもん。



かと言って、千鶴が言ったことをチクるわけでもない。

(そもそも何も覚えてないかも)

こんな人、いるんだ。

ただ、綺麗なだけ。

ただ、それだけ。


オーナーが私に言った。

「とにかく、明日は休んで病院で検査してもらい。せめて、それくらいは思いつかへんかなあ!?」

最後の台詞は、雛ネェさんにだ。


「そうやな。明日は休んでな」

雛ネェさんは私に向き直った。

そして、顔をしかめて続けた。


「私、よう分からへんのよ」

「分ぁかぁるぅやろ!」

オーナーがあきれ果てた声を出す。


雛ネェさんと、しばらく働いてきた私には分かる。

「本当に、なんにも分からない、ごめんね」

っていう意味のことを言いたいんだ。

でもこの人は、考えも言葉もな~んか足りない。


綺麗なのになぁぁぁ

(本日、何回目?)




オーナーが、

八百屋に電話すると、

すぐに社長さんという人が、

マロングラッセを持って謝りに来た。



マロングラッセ……今どきマロングラッセ…

しかも甘いもの嫌いなんですけど…



「こんな、ホンマ、ホッッッンマ、すんません!あ、あの子ぉは親友の子ぉですねん。親に恵まれへん子ぉで、わしも可哀想カワイソウできてしまったさかい、ホンマ、こんなことしでかすやなんて、思わへん!きつぅ言っときますさかい、ネーチャン許してな!なッ!?」

「アホンダラァ!!!」

オーナーが割れるような声で怒鳴った。


「許すわけないやろ。社長さん、アンタ考えが甘すぎんねん。子供いないんか?ああ?ジブンとこの子ぉがおんなじ目におうても、許してなってそんな態度で許せるんか」

「せ、せやな。せやけどな……なんも起こってへんて、あの……」

「起こってんねん。違うか?社長さん。なんも起こってない言うンなら、謝りン来んでええ。この子が傷つくだけや」



ビックリ。

私のこと、マジで庇ってくれてる。

マジで守ってくれてる。

ただのアルバイトなのに。

ただの子供なのに。



近くにいるグラコロねネェさんの体が、火を吹きそうに見える。

ゴウが不動の構えで、私の前にいる。



ヤバい。

感動、感激、マジ激動。


みんな、カッコイイ。

超うれしい。



今、思っちゃった。


生きてて良かったって。


ううん、それどころじゃない。


生まれてきて良かった。


すげー嬉しい。

今、世界で一番、幸せだわ。



わたしは守られてたんだ。


みんなに、守られてた。


いつも表情がないエミリオネェさんも

珍しく感情をこめて

「大丈夫やったか?」

と聞いてくれた。



私は守られてた。

ぜんぜん気づいてなかった。
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