続・オトナになるまで待たないで
「ゴウ、大丈夫そうだった?」
「泣いたわ。真っ青になって」
ユキエさんは泣いてない。
「せやし、言うたんやわ。新しい名前」
「え!何ていうの?」
ユキエさんは、笑顔で答えた。
「シオン」
「シオン・・・」
合ってる。
柔らかくて、でもナヨナヨしてなくて。
「すごいイイ。さすが親!」
「悪ないやろ。至るに、恩人の恩で『至恩』」
ユキエさんは、愛おしそうに我が子の乗る飛行機を見つめた。
「あの子がこの世界で生きていけてるんは、先人はんが気張らはったからや。むごい差別や偏見と闘って、こういう世の中にしてくらはった、その至恩で生きていられるんよ」
頭に、元オーナーや雛ネェさんの顔が、浮かんだ。
千鶴のことも浮かんだ。
あのどうしようもない奴まで、あの世で元気でいればいいと思った。
「うちはなぁ、苦労知らずで育ってなぁ、世の中に甘えがあったなぁ。それが、あの子が生まれて、中身はオンナやいうことが分かっても、受け入れられへん」
ユキエさんは、少し息をついて再び遠くを眺めた。
「それでも徐々に徐々に、色んなことが見えてきて、考えも変わって、今ではレッドタスクだけちゃいますねん。キャバクラもホストクラブも行くようになりましてん」
「え!えええええ!?」
「うふふ。ホンマどすえ?近所にようけあんねんもん。行かな、なあ?」
いたずらっぽくユキエさんは笑った。
は、弾けすぎでしょ・・・
「それもこれもなぁ、あの子のおかげ。こんなにオバチャンになってから、人生が広がることなんかない思うねん。あの子は、私にとって至恩そのものなんよ」
飛行機が、動き出すのが見えた。
ゆっくりと滑走路を探り、
やがてまっすぐに進んでゆく。
だんだんとスピードを上げて機体が宙に浮くと、
滑るように空へ登っていった。
行っちゃった・・・
なにも言葉が出ない。
自分の感情がどこにあるのかも分らない。
「ありがとう」
ユキエさんの声に、我に返った。
「あの子をずっと愛してくれて」
ハッとして、ユキエさんを見た。
ユキエさんは、知っていたんだ。
「親ができひんことを海ちゃんがしてくれはった。本当に、ありがとう」
慌てて、頭を横に振った。
私だって、ゴウがいたからここまで来れた。
涙が出て止まらなくなった。
ユキエさんが、肩を抱いてくれる。
ああ、だからいつも
ゴウはこうしてくれてたんだ。
もう一度、空を見上げた。
飛行機は、もう見えないくらい小さい。
私は、あの人を愛した。
そこに一つの曇りもなかった。
もういいんだ。
もう、いい。
ゴウ、さようなら。