大事にされたいのは君
「今更お兄さんに聞くのも変だし、最近会社帰りとか外回りの途中でここら辺を通るようにしてたんだ。ごめんね」なんて続ける彼女は笑っていた。
「彼氏、素敵ね。幸せそうで良かった」
カラッとした、スッキリしたそれ。
「私とお兄さんの分まで、幸せになってね」
…きっとこの一言を私に言う事で、彼女はやっと吹っきれたのだろう。この為だけに、彼女は何度もここへ通った。
「…はい」
私の返事を聞いて笑顔を浮かべた彼女は立ち去っていった。コツコツと、ヒールの音が遠ざかっていく。
分かってて言っているのだろうか。それとも、本当に私の様子を気にして?…いいや、違う。だったら兄との経緯を私に話す必要は無い。あんなに暗い顔で話し出すはずは無い。
大人な分だけ上手く隠した彼女の棘は、しっかりと私に刺さっていた。それを確認したから彼女はスッキリとした面持ちで去っていったのだ。これできっと、彼女は新たな幸せに踏み出せる。何の枷も無くなったはず。…これでいいのだ、幸せをぶち壊しにした私への言葉にしたらとても優しい。どんな想いがあったのか想像すればするだけ、彼女の私への対応は、優しかった。ちょっとした嫌味だけで済ませてくれたのだから。
ーー私の幸せを壊しておいて、何も知らずに彼氏なんか作ってのうのうと生きているなんて許さない。
彼女の言葉の真意はしっかりと、私に突き刺さった。
ーーあなたが居なければ、私と彼は幸せになれたのに。
私は結局、ただただ迷惑なだけの存在なのだ。兄には兄の人生があって、兄には兄の幸せがある。彼女の分は今報いを受けたけれど、兄は?兄の分はどうすればいいのだろう。彼女の幸せは兄の幸せでもあった。けれど兄の事だ、私には絶対に言わないだろう。私が償う機会もくれやしないのだろう。兄にとっての私には、償えるだけの力も価値も無いのだから。