大事にされたいのは君
手を引かれながらひたすらに歩いた。学校を出てから今までどれくらいの時間が経ったのかよく分からないけれど、それ程遠くも感じない距離で瀬良君の足が止まった。兄の家に越して来てから一年半、まだまだこの土地に詳しくないのだけれど、ここが兄の家とは離れた場所である事くらいは分かる。その大きなタワーマンションは、兄の家の窓からもキラキラと輝きながらそびえ立つのが見えていたからだ。
鍵を取り出した瀬良君が慣れた手付きでロックを解除し、中へと入っていく。大きなエントランス、来客用ロビーを通り向け、エレベーターに乗り込んだ。瀬良君は高層階のボタンを押し、部屋につくまでの間も変わらず黙って私の手を引くので、私もその後に従った。が、先程までのぼうっとしていた頭は彼の現実に近付くに連れて徐々に理性を取り戻していく。
パタンと彼の家の扉が閉まった瞬間、私は口を開いていた。
「ご、ごめんなさい」
振り返った瀬良君が首を傾げてこちらを見たけれど、そこからさっと目を逸らした。彼の目を見る勇気が無かった。どんな事を考えているのか知られるのも、知ってしまうもの怖かった。
「ごめんなさい」
無闇にもう一度呟いて、繋がれた手を解こうとそっと引いた。けれどその手は離れる前にぎゅっと強く握り返される。
「それ、何買ったの?」
「…え、これ?」
握られた手とは逆の手に持つスーパーのビニール袋。中身は夕飯の食材と晩酌のお供。
「冷蔵庫入れるようなのある?入れとくよ」
割とずっしりした見た目から分かったのだろう。戸惑う私の返事を待つ事無く、瀬良君は私の手から袋を取り上げると中を確認して、「あんじゃん。入れとくね」と呟いて奥へと向かって行った。それにありがとうと言うべきなのか、帰るから大丈夫だと言うべきなのかとまたも返事に迷っていると、今度は「早く入りなよ」と、返事の隙間にするりと彼の言葉が入り込み、何も言えないまま靴を脱いで彼の後へ続いた。