大事にされたいのは君
「ありがとう、兄と…」
口にしてハッとした。切り替わり始めていた頭が、一瞬にして元に戻る。気持ちが蘇ってくる。
「…大事に飲みます」
続けようと思っていた言葉を思い出すように付け足して、視線は手元に落ちていった。苦しさがじわりじわりと侵食していく。自分の存在に対する嫌気が込み上げてきて、今現在瀬良君にも迷惑を掛けてしまっている事実を思い出し、目が覚めたような心地がした。これ以上はいけないと、いつもの思いがまたも私に警告する。いつもその線を越えて彼に求めてしまっている。ダメなのは分かっている。けれど、他に居ない。私には他に誰も居ないのだ。
今すぐ帰ります、と立ち上がれば良い。彼の時間は今この時も私のせいで無駄なってしまっているのだから、早く私なんてこの場から居なくならないといけない…と、分かっているのに。
「…ごめんなさい」
どこにも行けない、私が居る。彼に頼るしかない、頼りたいと彼に縋る私がここに居る。
「…俺さ、吉岡さんの連絡先知らないんだよね」
「…?」
突然現れた話題はどう考えても今の状況とは噛み合っておらず、私はそっと俯いたままだった顔を上げる。
「教えて欲しいんだけど、良い?」
彼と目が合った。そこには何故か不安気に揺れる彼の瞳があって、ゆっくりと私に問う口調とは裏腹に、どこか焦燥感のようなものが漂っていた。
本当は距離を置くのだとしたら連絡先を知らないままで居た方が良いのだろう。きっともっと傍にいる事を求めてしまう未来が見えている理性の働く私が頭の中で警鐘を鳴らすも、虚しさと寂しさに押し潰されそうな私にとってはもちろん断る理由など無いに等しくて、気付くと頷いていた実物の私が居た。手元に現れた彼との繋がりに嬉しくなるのと同時に、ハッと冷静な私が勝り、もう一度彼の様子を窺い見る。