大事にされたいのは君

そう言うと、瀬良君は目を見開いて固まった。その視線は私へと力強く注がれていたのだけれど、そろそろと下へ降りていき、俯き加減に彼は頭を下げた。ハハッと、乾いたような笑い声が聞こえてくる。

「俺の心読むのやめて」

ジロリと上目遣いで私を見た彼は、なんだか恨めしそうに言う。

「俺、どんどんカッコ悪くなっちゃうじゃん」

そしてフンっとそっぽを向いた瀬良君の耳はなんだかいつもより赤いような気がして、そこでようやく彼の言っている意味が分かった。ほら行くよと歩き始めた彼の後ろで、私は小さく笑みをこぼした。

格好悪い私を見せてと頼んできたのは自分なのに、私の格好悪い所はそれこそ十分に見てきたはずなのに、自分の格好悪い所は見せたくないときた。

「そんな所までカッコ良かったら困っちゃうよ」

我が儘な彼の背中に声を掛けると、もう勘弁しての一言が返って来たので黙ってついて行く事にした。しかしニヤける顔はどうにも抑える事が出来ず、もう一度瀬良君から苦言を頂く事となった。

歩き始めて10分は経ったのでは無いだろうか。時計を確認していないので分からないけれど、見知った通りを通過していくうちに何となく瀬良君の家との位置関係が把握出来た。大雑把に言えば学校、うち、瀬良君の家で学校を頂点に、縦長の二等辺三角形が出来る形だ。今までうちより遠いからと送ってくれていた瀬良君だったけれど、同じ方向とはいえ、学校からそのまま帰る近い道があったはず…そこにもまた瀬良君の見せない気遣いが潜んでいたと知り、申し訳無さと嬉しさを心の中で噛み締めた。

もうすぐうちのマンションに着く。19時も近くなり、昼間とは違う冷えた夜の空気が漂っていた。マンションの外灯がオレンジ色に柔らかく光る。…そこに、人影が一つ。

「あれ?もしかして…お兄ちゃん?」

私の声に気づいたその人はこちらへ振り返った。それは紛れもなく、会社帰りの兄だった。
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