大事にされたいのは君
急に持ち出された話題が私の物だと理解するまで時間が掛かってしまったけれど、兄が頭を下げたのを見た瞬間ハッと理解が追いついた。驚いた事にすっかり頭になかったそれ。
「まぁ実際は結婚やら同棲やらは向こうが勝手に言ってただけなんだけどな。もともと誰ともそんなつもり無かったし、あまりにしつこいからおまえが独り立ちするまでしないって言ってやったら諦めてさ。それで終わったつもりでいたのがダメだった。まさかこんな事になるなんてな」
「…じゃあ、この家は?前はワンルームだったよね?」
「新卒から3年くらいの話な。今住んでるここは始めから俺んち。泊まりに来るやつとか荷物増えた時用に引っ越したんだよ。ここに転がり込んでくるつもりだったらしい」
「……そう」
相槌を打ちつつ、胸に引っかかるものを感じて今の話をもう一度頭の中に流した。その違和感…そう。兄の話はまるで、彼女の行動全てが迷惑であったかのような、そんな言い方だった。
「彼女の事、好きじゃなかったの?」
だっておかしな話だ。同棲やら結婚やらは否定しても、付き合っていた事実は否定しない。彼女であった事は事実で、つまり互いに想い合っていた事に違いは無いと言う事だ。それなのにあんまりな言いようではないか。
「……」
黙った兄は溜息を一つついて、言った。
「好みだったの」
「…?」
その答えに、納得顔の瀬良君は分かる分かると頷いていたけれど、私にはさっぱり分からなかった。好みって事は好きって事じゃないの?なのにそんな言い方するの?
「とりあえず。あいつの事はきっちり話つけとく。おまえの前にも二度と現れねぇようにする。だから今日聞いた話はもう忘れろ。何もおまえには関係ねぇし、俺にだってもう関係ねぇ」
「だからおまえは安心して俺に養われろ」なんて言った兄はもうこれでおしまいと、カレーの無くなった器を手にキッチンへと消えていってしまった。私は結局ついていけないまま、ただただ取り残された空間でカレーを食べて、「良かったね」と笑う瀬良君に頷く事しか出来なかった。