大事にされたいのは君
「だからうちの事こんなに手伝ってくれるんでしょ。私の下着なんて見向きもしないんでしょ」
「なっ、何言ってんの吉岡さ、」
「ほらお兄ちゃんは龍介さんなのに、私は吉岡さん」
「それはだって、ずっとそうやって呼んでたし、」
「でも別に瀬良君は家事が好きな訳じゃないじゃん。自分の家は業者に頼んでうちの家事は喜んでやるなんておかしい。しかもほとんど毎日なんておかしい!」
「由梨ちゃん」
耳に入ってきた、馴染みのある自分の名前。しかし馴染みのない彼の口から聞かされたそれに、荒れ狂っていた思考回路がさっと冷え、一瞬にして落ち着いた。我に返った後、襲い来るのはやってしまった事への手遅れな絶望感。なんて事を…私は一体何を…え?
そこでハッと。突如手に感じた感覚に意識が集まった。膝の上でグッと握りしめていた私の手に重ねられた瀬良君の手が、ギュッと私の手を握る。
「俺が龍介さんを好きなのは、由梨ちゃんのお兄さんだからだよ。俺が由梨ちゃんちの家事を手伝ってんのも、由梨ちゃんの助けになりたいと思うから」
手を握る際にグッと近づいたのであろう私と瀬良君の距離は思っていた以上に近い。その近い距離で彼の視線と私の視線が絡み合った。
「由梨ちゃんちの事、全部俺にやらせてよ。だから由梨ちゃんは俺の事だけをして」
「俺の事だけ考えて」ギュッと手に伝わる温度と、仄暗い想いが顔を出す強い視線と共に告げられたそれは、いとも簡単に私の口を閉ざさせた。
今までの事全てがこの為に、この想いを現実にさせる為の布石だったのか。どこまでを計算してやっているのだろう。どこまでが彼の素直な想いなのだろう。どこまで彼は、私を求めてくれるのだろう。
「…うん」
小さく頷いて、彼の視線から逃げた。
「でも全部はやらなくていいから。私もお兄ちゃんの事やりたいから」
照れ隠しにそう付け足すと、少し不満気にしながらも彼はその目を細めて笑った。手はギュッと握られたままだった。