大事にされたいのは君
すると、「…あのさ、聞いても良い?」なんて、おずおずと瀬良君は私の様子を窺うように尋ねてきた。それに頷いて返すと、彼は言いづらそうに質問を一つ投げかける。
「…親は何してるの?」
それは、当然抱く疑問だと思う。いつもと違い遠慮がちな彼が少し面白かった。別に彼に隠すつもりなんて無かった私の口は、迷う事なく動き出す。
「居ないよ、中学の時に事故に遭って。だから私は親戚に引き取られる予定だったんだけど、決まってた高校まで通えなくなるのは手続きとか面倒だねって話になって兄が引き取ってくれた。ちょうど高校から近かったし」
あとは遺産相続がどうとか色々あったみたいだけど、全部兄任せだった私は何もしていない。ただ一度、兄が私の人生で今後掛かる分は全部あるから大丈夫だと教えてくれた。だから私はお金の心配はしなくていいと。…だとしても、出るものは減らした方が良いし、あるものはなるべく多い方が良いに決まっている。
「兄の生活に乗っかってる今が申し訳無くて早く社会に出て一人立ちしたい。大学には行かせたいって言うから行くけど、本当は高卒で働いたって私は良いのに」
でも大学を出て社会人をしている兄からしたら同じように出来る事はして欲しい、させてあげたいと思っているらしいのだ。それが保護者の役目だと、親代りの自分のやるべき事だと。
「…兄だって親が居なくなって悲しかったはずなのに、私が居たせいで悲しむだけでいられなかったのも申し訳ない。私の親代りにもなって、仕事も今まで通りして、お兄ちゃんだってこの間まで子供だったのにそれを私が奪ってしまったんだって思うと…」
辛い。私には兄が居る。でも兄には誰も居ない。頼れる人が居ない。
「……居なくなりたい。早く大人になりたい。出来ないなら居なくなりたい」
つい口から溢れた本音は、まだ誰にも見せた事の無い私の心の奥底にある黒い塊だった。なんで私はここに居るんだろうと、急に何も聞こえない、何も見えない世界に閉じ込められる時がある。いや、閉じ込められるのではなく、閉じ籠る、の方が正しいのかもしれない。自分を守る為に閉じ籠る事で、私は私を守っている。何も出来ない、誰にも必要とされない私に蓋をする。