大事にされたいのは君
「昨日もお兄さんの事とか家の事とかさー、別に放っときゃいいのに…吉岡さん聞いてる?」
「聞いてるよ、聞いてる」
「吉岡さんはさー、吉岡さんは…」
そこでピタリと、何故か止まった瀬良君。彼の作り出した暫しの沈黙は、一瞬だったようにも思えるけれど、不自然な程長くも感じられて…けれど私は、私から何かを発する事が出来なかった。彼が珍しく、想いを口にするのを悩んでいるかのような、それともどう切り出すべきか決めかねているような、そんな戸惑いを見せたように思えたからだ。
私の知る瀬良 透は、自分の想いや意見を口にする事に躊躇いが無かった。例えそれが嘘だったとしても、彼が言うと本当のような気がしてしまうのも、彼のその迷いの無さがなせる技なのだと思っている。それになんだかどちらでも良い気がしてきてしまう。彼がそう言うならそれでいいか、なんて。彼がいつものように笑っていてくれるなら、なんて。きっとみんなもそうだと思う。彼に着いていくのは楽だし、彼の笑顔は心地が良いから。
そんな彼が今、言おうとした寸前でピタリと止めて、次に続く言葉をこんなに時間を使ってまでして探している。速いテンポに慣れている彼らしからぬ行動だった。なんでもすぐに自分の中で答えを出して、答えだけ放り投げてくるようなこの人が、だ。
沈黙が続けば続く程、私は胸が高鳴った。それはきっと、次に続く言葉への期待だ。新たな瀬良君の一面が見れるのだと、私はドキドキしてその時を待っていた。
ーーしかし、
「…なんでもない」
そう瀬良君は呟いて、何かを飲み込むように俯いた。
それに私は、彼の言葉が机の上にコトリと落ちた、そんな風に感じた。それは期待しただけ残念に思った分の落差のような、繋がっていたものを一方的に切り離された時の喪失感のような、そんなもの達が入り混ざって生み出された、不思議な感覚だった。私はただ、見ているだけ。それが落ちる前に手を伸ばす事も出来ず、反応を返す事も無くただ受け入れただけ。
「…帰ろっか」