Vanilla
今日は沢山の人間が会話に乱入してくるな、なんて呑気に考えられなくなった。
だって話し掛けてきたのは、

「それより、俺を置いてくなんて酷いじゃん」

朝永さんだから。
しかも何故か憮然そうに頬を膨らませて拗ねている。

周りから何も声が聞こえない。
きっと私のように呆然としているのだろう。

何で私に話し掛けてきたの……?
置いていくなんて酷いって……?

朝永さんの行動が謎すぎて、私は眉思わずを寄せた。

すると目の前の朝永さんは突然顔を私に近づけてきた。
サラリと流れる前髪一本一本がしっかり見える距離。

「えっ!?」

ドキリと心臓が飛び上がった。
突然朝永さんが私の左手を掴んだから。
驚いて左手を見ると、私の手に何か冷たくて硬い物を掴ませた。

「鍵、忘れてる」

どうやら私に鍵を掴ませたようだが、そう言った朝永さんから、私は視線を動かせなくなった。

だって朝永さんが微笑んだ顔を初めて見たから。
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