秘/恋



「なぎ、呼び出しって」


職員室を無視して、物理科準備室を素通りした時点で、あたしは声をあげる。


「あんなの、ウソに決まってるでしょ。樹也から頼まれたのよ」


云い切って、ばさりと、なぎは背中に垂れた髪を払う。


「なによ、あきちんは用がなくても会いたいくらい、先生が好きなの?」

「冗談。会わなきゃならないときでも、ご遠慮する」


あたしはぶんぶん首を振る。

余計な動作で、なぎに置いていかれるくらい、なぎは早足で廊下を歩いていく。

ずんずんずんずん、歩いていく。


「それにしても、なんで、あんなのに付いて行くかなあ」


振り返りもせず、ちょっと怒った口調で、なぎが云い放つ。


「……なに、怒ってんの」

「あきちんが、アホ、だからよ」

はあ、となぎが、深いため息を吐く。


「別に、取って食われるとは思っていなかったけどね」


ほんのすこしだけ、なぎの歩調がゆるんだ。



< 120 / 219 >

この作品をシェア

pagetop