秘/恋



だけど、酔っ払っていられたのは、一歩、足を踏み出したところまで、だった。


「……バカみたい」


正気にかえれば、ここは傷たらけでひしゃげたロッカーが並ぶ、埃っぽいうえに砂っぽい昇降口で。

生徒がここにいたって、なんの不思議もない。

こんなしみったれた運命、あたしからお断りだ。

しん、と静かな視線が、肌にふれる。

あたしがひと通り、こころのなかで小芝居を繰り広げている間。

明良は、表情も変えずにただ、あたしを眺めていた。


「なによ」

「おまえこそ」


そっけない言葉ひとつで、あたしは傾ぐ。

みっともないあたしを、誰か叩き殺して欲しい。

でも、キザな云い方をすれば、血と肉に刻まれているんだ。

このひとは、あたしにとって、『世界でたったひとりのひと』だって。

じいさまの十五年オーバーのすりこみは、ダテじゃない。



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