秘/恋
「海、ずいぶん久しぶり」
「明姫、海入れないだろ。なのに、こだわるよな」
「泳がなくたっていいじゃん。身体ベタベタになるのも、そもそも水着に着替えるのも、やだ。頼まれたって遠慮する」
「……強がり」
あたしの憎まれ口に、明良はくくくっと、笑いを噛み殺す。
「うっさいな」
ぺん、とあたしは、空いた方の手で明良をどついた。
「はいはいごめんな。でも見るのは好きだって?」
「そう。なんか、特別な感じがするから」
子供の頃に亡くなった父さんと母さんの記憶は、あたしたちにはおぼろげで。
でもひとつだけ、憶えている。
ちっちゃくてかわいい車で、海に行った。
夏の終わりの、泳げない海に。
「海、きらきらしていたね」
あたしがつぶやくと、明良もおなじ情景を思い出したのか、瞳を細める。
「まぶしかった」
波に反射する日の光が刺さって、瞳を開けていられないくらい。
この世であたしたちだけが共有する、綺麗な想い出。
あたしたちだけの、宝物だ。