秘/恋



眠れなくなってしまった。

あたしはベッドを脱け出して、パタパタスリッパを鳴らしながら病室の外へ。

非常灯がぽつん、ぽつん、と灯る廊下を、こっそり歩く。

あたしの着ているのは、借り物の寝間着だけ。

ぺらぺらの着なれない布地が、頼りない。


「あ……」


あたしは思わず、立ち止まった。

薄暗い廊下の、片隅。

合皮のぺたついた茶色いソファ。

そこに、べったり貼り付くようにつっぷしていたのは、金髪アタマ。


「なあんで、いるのかな?」


あたしが近づいても、ぜんぜん起きる気配がない。

完璧、熟睡。

笑ってしまう。

細かい泡みたいな笑いが、くすぐったい。

身体からずり落ちたブレザーを直してやったら、樹也はぐずぐずに崩れて、あごを襟に埋めてしまった。

それにまた笑って、あたしはあてどなく歩くだけ。

自然、向かうのは屋上。

なんとなく、足が向いた。

ぺったんぺったん、階段を登っていくと、少しだけ風が冷たくなる。

新鮮な空気。

冷えたノブにふれて、あたしは屋上のドアを開けた。



< 181 / 219 >

この作品をシェア

pagetop