秘/恋
道行く背広の肩にぶつかって、女の子のヒールに引っかかって。
がたがたのままで、走る。
転びそうで、転ばない。
見え隠れする背中めがけて、走る。
最初になにを話すべきか、あたしにはわからない。
そもそも、ただの勘違いかも。
――でも、それでも、いい。
影を見ただけで走り出したくなるだけの気持ち。
十年なんかじゃ、ぜんぜん褪せなかった。
いま出会う彼に対して、あたしが取るべき態度は未定。
でも、その声が聞きたい。
その名前を呼びたい。
必死で伸ばした指先が、綿ジャケットの袖にふれる。
それにすがって、引き寄せて、あたしは叫んだ。
「明良!」
振り返って見開かれた瞳は、あたしとまったく同じ彩。
――たぶん。
すべてはそこから、はじまる。