恋・愛至上命令。
「・・・言いたいことは無いの?」

『・・・・・・すみません。瀬里お嬢』

「怒ってるのよ、わたしは」

『・・・分かってます』

相変わらず抑揚のない話し方。顔だって見えないけど。いま凪がどんな表情をしてるかは手に取るように分かってしまう。きっとほんの少しだけ。闇色の眸を揺らしてる。

「凪とお父さんがわたしに黙って、色んなこと決めてたのはいいの。それで凪と一緒になれるなら納得する。三年会えなくたって我慢するし、何があったって待ってるって約束するわ。でもそれなら、尚更でしょうっ? ちゃんと顔見て『いってらっしゃい』くらい、言わせてくれたら良かったじゃない・・・っっ」

言ってるうちにどんどん感情が昂って、最後の方は涙声になってた。
我慢するって強がりながら。心の中はどうしようない心細さと寂しさがいっぱいで。

行かないで、傍にいて離れないで! 躰中が苦しがって叫んでる。

「凪は大人だから平気かも知れないけど! わたしは・・・っっ」

胸が詰まって声が途切れた。

ああダメ。本当のことなんか。
頑張って、って凪を笑顔で送り出すのが女ってものでしょ。
いい奥さんになれるよう、料理も家事も凪以上に腕を磨いておくからって。
だから一人前になって帰ってきて、って。
そのくらい言えなくてどうするの・・・!

「・・・ッッ・・・!」

懸命に自分を叱咤して言葉にしようとするのに。どれ一つ出て来ない。口許を押さえ、嗚咽を漏らさないようにするのが精一杯で。代わりに涙ばっかりが栓が抜け落ちたみたいに、溢れる。

『・・・・・・お嬢』

耳に響く、低く透った愛しい男の声。・・・泣くなって言われたみたいで。とうとう堪えきれずに、どこかで何かが破けて決壊した。音が聴こえた。

「・・・・・・やだ・・・凪・・・・・・。わたしを、一人にしな・・・いで・・・っ・・・」

奥底から圧し上げられた、本当の気持ちが濁流になって流れ出るのを。止められもしなかった。
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