恋・愛至上命令。
人間て。信じられないことが起こると、何かが振り切れてブレーカーが落ちたみたいに、機能しなくなるものらしかった。

「・・・・・・おかえり・・・なさい・・・」

魂が抜けたみたいに茫然と。うわ言みたいに言えたきり。何だか自分ごと真っ白に熔かされて、よく分からなくなった。


夢を。見てるんだと思った。
狭いエレベーターの中でずっと抱かれてる肩の温もりも。掌の重みも。
前より少し短めの髪も、引き締まって見える横顔もぜんぶ。
夢なんだと思った。


凪が、持ってるはずのない鍵でわたしの部屋の玄関ドアを開け。背中で鈍く閉まった刹那。躰中の骨が折れるんじゃないかってくらいに、わたしを思い切り力強く抱きすくめた時。夢なのに痛い、って。

「・・・・・・お嬢・・・」

凪の低く透る声が頭の上で少し震えた。気配がした。

「どうして何も言わないんです・・・?」

どうして・・・って。だって。

「・・・・・・夢・・・じゃないの・・・?」

戻るのはもう少し先だって、誕生日には間に合わないかも知れないって本条さんが。

「違いますよ」

きつく抱き締めてた腕を緩めた凪が、少し体を離してわたしの顎に手をかけ上を向かせた。

「・・・確かめてみますか」

ずっと好きだった男の顔が近付いてきて。唇に口付けられた。
啄ばむように何度か軽く触れては離れ、触れては離れ。舌で唇をなぞられた感覚にわたしが反応すると、今度は容赦なく割って入り込んでくる。
いつの間にか口の中が凪に浸食されて。食べ尽くされる。
弱い舌先を嬲るようにしなやかに刺激されれば、堪えきれずにくぐもった声が漏れ出た。

頭の後ろを抑え込まれ、角度を変えては何度も深く繋がる。
凪のキスはいつも奪いに来るキスで。
言葉とは裏腹に、噛みつくように激しかった。

でも足りない。全然。

もっと確かめさせて、凪・・・!


玄関先で抱き合って、切りがないくらい。わたしと凪はそうして離れられなかった。




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