恋・愛至上命令。
退社時間になり、ショート丈のダッフルコートにグレンチェックのフレアスカートっていう、可愛らし目な恰好をしたわたしの前に停まった、一台の黒塗りの高級セダン。しかも後部ガラスのスモークは割りと濃いめ。
・・・・・・本条さんの迎えだって聴いた時に気が付けばよかった。来るなら、白か黒のいかにもな車だってこと。

「瀬里お嬢さん、お疲れさまです」

凪同様、黒のスーツに黒のネクタイ。髪はオールバックで、歳は43、4歳くらいだったっけ。運転手を務めることが多い彼とはまあまあ気安いほう。浅黒くて南国系のはっきりした顔立ちで一礼すると、後部ドアを開いてくれる。

「ありがとう本条さん」

にこやかに乗り込んだけど、内心は一刻も早くここから離れたい。傍から見ても、彼氏のお迎えには見えないだろうし。
誰も知ってる人に見られてませんよーに。胸の内で十字架を切りながら。

静かに車が走り出し、革張りのシートに躰を沈み込ませる。

「大島はちゃんとお嬢のガードを務められてますか」

ルームミラー越しに本条さんが目線を傾げてきた。
ノウハウを叩き込んだ先輩として、一応気になるらしい。

「大丈夫。凪はよくやってくれてます」

素直な感想。

「アイツは腕は立ちますが、あのとおりの仏頂面でしょう? お嬢の気に障りやしないかと心配なんですよ」

「そう見えるだけで、ちゃんと表情あるのは分かってますから」

悪戯っぽく笑えば、安心したように本条さんの目が少し垂れた。
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