明日は変われる


真夜中は

もう、とうに過ぎた

明け方まで、そう遠くない夜


風の冷たさも、

少しだけ緩み始めて来た季節


カブリオレの開放感

これからが一番たのしめる



大きな街からは少し離れた

静かな通り

この時間には人の姿も無い

春先の風

いつものこの通りもスッキリして見える



何故だか珍しく販売機が目に留まり

車を停めた


なにか飲みたかったっけ?

特にそうでもないな・・


自問自答


まあでもミルクティーなら

後ででも飲むし


そう思って車から降りる





通りの向こうの歩道

歩く人影が目に留まる


こんな時間にもひと歩いてんだ・・


爪先を蹴るようにして

なにか不機嫌に

そして早足の

こんな時間には

少し寒そうなワンピース


丁度、街灯のしたを通るとき

横顔がハッキリと見えた



――――――――



行って早く声掛けろよ

自分の中で言う

そうしたいと思ったんだろ?

また見てるだけかよ


このまま声をかけずに帰ったら

いつまで後悔するだろう?と思う


まあ、いつものことだけど・・


生きてる意味ないな

自分を起こす為に思った?


そんな事いちいち思わないと

声も掛けられないのか

そんな事が薄くよぎる



華奢な後ろ姿が遠ざかっていく



急ぎ乗り、

ハンドルを握る



車を寄せて声を掛けた



―――――――――



無視

当たり前

だって、他人

もう一度だけ声を掛けてみる

無視して歩き続ける

冷たそうなほっぺた



微速だった車を停めた


だよな・・

自分で笑う



後ろ姿が急に立ち止まる


どうかしたのかと再び車を寄せる


視線は合わせずに言う


「家までね

家のそばまで」


OK,それで充分

目的なんて、それだけ



ガードレールの切れ目から車道に降りて来る


「ど、おぞ」

体を伸ばして助手席のドアを開ける



不機嫌そうな割りには

丁寧なドアの締め方

「ねえこれって

反対向きじゃない?」


「実は」と少しだけ笑顔にして答えた


声を掛ける為に

交通法規を無視して車は反対向き

その車を本来の車線に戻す

他に車も無く、何事も無かったように


「おかしいと思った」と無感情に言う


「こっち、でいいんだよね?」

指さして訊いた


「うん」


―――――――――


「歩いて帰るつもりだったの?」


答えなかった


「どこから?」


「駅」



「結構歩いたね」


「歩きたかったから

歩くの好きだし

風も気持ちいいし」


「でもだいぶ有るよ」


「疲れたらタクシー乗ろうと思ってた」





なんで乗ったの?自分

嫌じゃなかった、から?

何かが




握りしめる自分の手首

運転しながら横目に入ったけど

見ないふり

癖かな


それとも寒いの?



「風、寒くない?」

ルーフは開けたまま


「大丈夫・・

この方がいい」


「そう」


「安全だし」


暫しの沈黙


何を話せばいいんだっけ、

急いで考える



「オープンカーって好き」


先に話してくれた


「そうなんだ?

風?」


「え?鼻声してる?」


「違うよ
オープンが好きな理由

風に当たれるからかなって」



「ああ・・

わたしズレてるんだよね」


うつむいた?


「ふつうに会話もできなくて。」


ちいさなため息?


「変な女乗せちゃったでしょ。

おりるね。」



うん、なんて言うと思う?



「これって真っ直ぐでいいんだよね?」

解ってるけど訊く




あー・・


まただ・・・




勝手にイライラして

空気壊して


こんな初めて会ったひとにまで





心の中で溜め息



返事

しなくちゃ




「うん・・・」



信号待ち

ウィンカーの音だけ






「怒らないでくれて・・」


「え?」


「さっき、我慢してくれたでしょ。

ありがとう・・」


「きれいな言葉」




自然にでた

知らない人だから?



「けど、

怒らないで貰ったのはこっちだよ」


「なんで?

なにかしたっけ」


「うん。

わたし今最大に機嫌が悪いです!

って顔して歩いてるひとに声掛けた」



わらった。

「そんなに酷いかおしてた?わたし」


初めて顔を見ながら言った

顔が見たかったから



――――――――――




「あ・・」

細い指先が

オーディオのスイッチに掛けてあった

キーホルダーを揺らす



ポシェットから

同じキーホルダー

黙って見せる



「あれ!

・・なんで」


「きぐう?だっけ」

少しわらい声で



「同じの持ってるひと初めてみた」

対向車が過ぎるのを待つ

ハンドルを切りながら




生まれて初めて

知らないひとと


「オレなんでこんなに機嫌のわるい人とお揃いなんだろう?」


「いまは悪くないー」( 調子いいな、あたし・・ )


どうして喋ってるんだろう



「あんまり有名じゃないお店・・

っていうかみんな知らない。

わたしの周りでは」( 周りって言っても、 )



今、何してるんだろう、自分は



「好きなシェイクが有るんだ。

すっごい変な後味するの、知ってる?」

友達みたいな話し方


嫌じゃないけど



こんな風に成ってる自分が不思議



「なにシェイク?」


なんで楽しいんだろう?


「ムギ」


また顔を見た


初めて視線が合う



「なに?」


「一緒。ビミョーな後味なの」


わらい合う




気持ちいい

人と一緒にわらった

記憶に無い



なんで嫌じゃないんだろう



なんで嫌か、なら

いつもすぐ解るのに


いつもなら自分の事が解らないとイライラするのに


このひとが変わり者だからかな



「ねえ変わってるって言われない?」

今度はわたしが友達みたいに


「言われた事無いよ」


「嘘は凄く下手なんだ?」


「メモらないでね」


「うん、記憶した」


空のいろが、ほんのすこし変わり始めた



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