君を借りてもいいですか?
頭では帰らなきゃって思うのに、私は玄関ではなくリビングのソファに座っていた。

ついさっきまで普通に振る舞えたのに、なぜか今は落ち着かない。

なぜ、こうなった?

私はなぜ従った?

「栞?」

不意に呼ばれて顔を上げると湊人が私にワイングラスを差し出している。

心の中で「これを飲んだら帰ろう」と言い聞かせ、グラスを受け取る。

湊人は満足そうに微笑むと私の隣に腰を下ろした。

「今日は本当にありがとう。すごく助かったよ」

「いえ…でも」

「でも?」

「まだ完全に綺麗になったわけじゃないし…ここはやっぱり家政––」

「頼む!」

家政婦をお願いするか、縁談話を進めたほうが?と言おうとしたのに、阻止されるように湊人が私の前で手を合わせた。

「頼むって何を?」

会話の流れからして嫌な予感しかしない。

「新しい家政婦さんが見つかるまででいいんだ。しばらくここにいてくれないか?」

「はあ?」

開いた口が塞がらないということはこういうことなのかと実感した。
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