きみの左手薬指に 〜きみの夫になってあげます〜
「あ、あのう……」
わたしはシンちゃんの腕の中で身じろぎした。
先刻まで、彼は対面の一人掛けのソファに座っていたはずなのに、いつの間にか、カウチソファで座るわたしの隣にいた。
シンちゃんは、わたしがごはんをつくっている間にお風呂を済ませているから、うちのボディソープの匂いが、ふんわりとした。
「櫻子、これから、おいおいこういうことにも慣れていかなくちゃね……でないと、このままじゃ、ご近所の勘の鋭いあのオバサマたちが本当のことに気づいてしまうよ?」
そう言ってシンちゃんは、大きな手でわたしの頭をやわらかくぽんぽんした。
こんなことは、先週末から「同居」を始めて以来なかった。ずっとずっと、彼はわたしに指一本触れぬ「紳士」だった。
わたしは身体をきゅっ、と強張らせた。
だけど……
普通であれば、出逢って間もない人から、こんなことをされれば、とってもイヤなはずなのに……
たとえ突き飛ばしてでも、一刻も早く逃れたい、
そう思うはずなのに……
「櫻子は、あの人たちにウソついてること、バレちゃってもいいの?」
耳元で囁かれる、なめらかで落ち着いたこの声に、どうしても抗うことができない。
強張っていた身体から……力がどんどん抜けていく。
わたしは彼の腕の中で、ふるふるふる…と左右に首を振るのが、精いっぱいだった。