王子様とブーランジェール
「…お、そうだ。桃李、眼鏡気をつけろよ?落とすなよ?」
暴走して、のたうち回ることを前提に、釘を刺しておく。
しかしヤツは…。
「な、な、な、なつき…め、め、め、眼鏡をおと、落とさなかったら…お、お、お化け消えますか…」
もうダメだ。
恐怖の狭間にすでに陥れられている。
…人の話、聞かんかいぃっ!
「…桃李コラァっ!人の話を聞けえぇーっ!」
「…は、はいぃっ!」
「…あぁ、そうだよ眼鏡!眼鏡さえ落とさなければお化けなんか出ないからな?!いつまでも慌てふためいてんじゃねえ!このバカがぁっ!」
「ご、ご、ご、ごめんなさいぃっ!!」
…あ、しまった…!
周りがシーンとなっていることで、自分が何をしたかを気付く。
こんなところでまたしても、やってもうた…。
雷落とし…竜堂サンダー…。
『あまり怒鳴らないでやって?竜堂サンダー、弱いものイジメに見えるから?』
そうだ…。桃李だって、怖くて怖くて不安なのに。
『このバカがぁっ!』は、ないよな…。
ずーんと一気に落ち込む。
もうやらないようにと思ってたのに…!
「柳川…もう、行こうか…」
何だかとてもバツが悪くて、その場に居づらく。
ペアになった柳川に声をかけて、一足お先にその場を旅立つ。
残った黒沢さんや理人に「いってらっしゃーい」と手を振られていた。
松嶋が「おまいら、エッチなことしてたら、ライトアップしてやるぜ!」と、叫んでいた。
…するか、ボケ!
ライトアップ?この小さい懐中電灯でか?
そんなワケで、始まったナイトハイク…もとい、気持ち悪いコースの肝試し的なもの。
正直な感想。
ホンっトに、気持ち悪い。
なんかこう、ジメッとしてる。
地面も、空気も、回りを取り囲む木々も。
木々が立ち並び、その間は笹藪で埋め尽くされている。
コースには柵がはっていて、その向こうは絶壁だ。
下からは川の流れる音がしている。
何だか湿度が高い。軽く霧もはっている。
これはホントに気持ち悪いコースだ。
その時、傍にある大木から、ガサガサッと音がした。
「きゃっ!」
隣にいる柳川は軽く悲鳴をあげてこっちに寄ってくる。
何の音?
二人で一本持たされた小さい懐中電灯を、音の方向に当ててみる。
「…エゾリスだ」
「り、りす?」
大木の枝には、エゾリスが三匹。
絡まるように、獰猛に走っていた。
エゾリス、こんなに間近に見られるの凄いぞ。
ナイトハイクコースもあながち嘘ではない。
自然散策にはいい場所なのかもしれない。