王子様とブーランジェール



確かに、聞こえた。

俺の名前を呼ぶ、声が。



「…桃李!」



声の聞こえた方角へと視線を向ける。

明かりを照らすと、そこは川の淵で。

大きめの石がいくつも並んでいた。

まさか、そこ?



少しずつ近づいてみる。

探していた場所とは、数メートル離れていた。

石と地面の間を照らしてみると、スニーカー?

スニーカーが挟まってる?

ピンクのキャンパス地のハイカットスニーカー。

これ、桃李のスニーカーだ。



更に近づいて、明かりを照らす。



いや、スニーカーが挟まっているんじゃない。

スニーカーを履いた右足が挟まっているんだ。

スニーカーからは、細く長い足が伸びている。



おいおい…。



その全貌が明らかとなった。



スニーカーを履いた右足が石の下に挟まっていて。

うつ伏せに倒れている。

すぐそばは、川が流れており。

左上半身、川の中に突っ込んでいた。

白いパーカーに、ベージュのショートパンツ。

泥だらけになっていて、コタコタだ。

しまいには、左半身、川に突っ込んで水浸し。

転がってきた衝撃なのか、ライオン丸ヘアーは、いっそうボリューミーとなっているのが、後ろからでもわかる。

頭は水に浸かっていない。セーフだ。

いや、右足が石に引っ掛かったおかげで、川にドボンとならなかったんだろう。セーフだ。

マジで危ないところだった…!



しかし、なんという姿…!

見るも無惨とは、このことだ。




「桃李…」



声をかけると、全身がビクッと動いた。

反応した…!



「なつき…」



俺に背を向けたまま、起き上がろうとしているが。

力尽きてパタッと倒れている。



やれやれ…。



石に引っ掛かった右足をはずしてやる。

右腕を引っ張って、体を起こした。



見つけたぞ?…無事だった。



「夏輝…」

「何落ちてんだよおまえは…」



すると、肩を震わせだした。

「ううっ」と、声をもらしている。

そして、あっという間に大声で泣き始めた。

まるで、爆発したかのように。




「うっ…うわあぁぁぁ夏輝いぃぃーっ!恐かったぁぁっ!」





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