王子様とブーランジェール




「み、身代わりの術?…」



俺の顔をじっと見つめながら、聞きづらそうに質問してくる。

なぜそんな術を披露する必要があるんだよ。

しかも、聞きづらそうに聞くな。

『実は忍者?』とか、変な妄想して疑ってるんじゃねえだろな。



無言で首を横に振る。

桃李が「あ、そう…」とうつむいた。



「どうりで人間にしては硬いと思ったし、怒られなかったから変だと思った…」



そこに気付くのが遅すぎやしないか。

天然のレベルを通り越して、もうバカと言わさる。

怒る=俺っていうのも、勘弁してくれ。

ホンっトに、勘弁してくれ。



「…桃李、ケガは?」

バカと言わさるヤツは、うつむいたままだ。

「あちこち痛くてわかんない…いろんなとこにぶつかった」

そりゃ、この高さ転げ落ちきってんだ。

いろんなとこにぶつかるよな。

あちこち擦り傷があるが、見た目大きなケガはなさそうだ。



「…桃李?」



また、肩を震わせている。

すすり泣く声が、また聞こえてきた。



「もう、あちこち痛いし、真っ暗で何も見えないし…恐かったぁ…」



両手で顔を覆い。

次第に声を出して泣き始めていた。

一旦、泣き止んだのにまた泣いてしまった。



ちっ。また俺に手を伸ばしてくれりゃいいのに。

今度は手を伸ばしてくれず、その場で泣き崩れている。

だが、自分の方から抱き締めるという勇気はない、恥ずかしがり屋の俺…。

考えただけでも、赤面していた。

あぁー。意気地なし。俺の意気地なし。



体育座りをしたまま、顔を伏せて泣いているスタイルになった桃李。

ライオン丸ヘアーの頭をくしゃくしゃと撫でた。




くっそ。

今の俺には、これが精一杯…。



「桃李」

「ぐすっ…はい」

「帰るぞ」

「………」

顔を上げた桃李はゆっくり頷く。



「…帰ろう」







改めて、絶壁を見上げる。

だいぶ、高さあるな。

よくここを転げ落ちて死ななかったな、桃李。

で、頭に血が昇っていたとはいえ、よくこんなとこ降りてきたな。俺。




帰ろうったって。

どうやって帰るか。



そこが問題だった。




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