王子様とブーランジェール
うわっ…!
その猫なで声、今となっては、寒イボが立つ以外、何物でもない。
二階と三階を繋ぐ階段の真ん中である踊り場にいる俺達。
彼女は上から見下ろす形で、こっちを見ている。
「あ、嵐さん…!」
横で、陣太が「マジ、遭遇した…!」と、咲哉と顔を見合わせている。
何のことだ。
「やーん!今日も会えた!嬉しいー!」
「く、来んな!」
向こうは早足で階段を降りてくる。
逃げるべく、引き返そうとしたが、時既に遅く。
彼女に右腕をホールドされてしまった。
「…離せ!離せって!」
「やぁーだぁー。宿泊研修で3日もいなかったし、テストでなかなか会いに行けなかったし、久しぶりだもーん」
「…このっ!」
まだそのキャラで行くのか?!
おまえはもうホントに、勘弁してくれ!
こんな人目の多い場所で!
腕の引っ張り合いが繰り広げられる。
ちっ…振り払っても振り払ってもしがみついてくるって、どういうことだ!
その執念、どこから湧いてくる?
「やだぁー!待ってー!」
「…どけ!」
強行突破しようと、力づくで前に出ようとした。
しかし、上半身がガクンと下に引っ張られる。
何っ…!
「うふっ…捕った」
彼女は、俺のネクタイを両手でしっかり掴んでいた。
そして、壁を背にして更に引っ張ってくる。
身長差による角度が悪く、腰が曲がった状態になり、堪えきれず、あっという間に彼女のもとへ引き寄せられる。
「…ここでキスしよ?」
こ、これはいかん!
公衆の面前で…ふざけるな!
とっさに両手が前に出る。
彼女が背にした壁に、間一髪、両方の手の平がバチン!と、音を鳴らして届く。
顔面同士の接触はギリギリ寸前で食い止められた。
あ、あぶねえ…!
「やぁーん!壁ドン?」
しかし、劣勢なのは変わらない。
彼女の言うように、これはまさしく、いわゆる壁ドンの体勢。
まるで、俺が嵐さんに壁ドンしてるみたいじゃねえか…!
しかし、力の関係は全然違う。
ネクタイが下にキリキリと引っ張られ、下半身に思うように力が入らず、体勢が悪い…!
これ、時間の問題?
やば…!
「…ねえ?」
「…は、離せって…」
「『美央、今夜は抱かせてくれ』って、言って?」
「ぜ、絶対言わねえ…」
「えー?『美央様、お願いだから抱かせてください』の方がいいー?」
「言わねえって…」
すると、「もう!俺様なんだから!」と、わざとらしく口を尖らす。
いや、俺様とか関係ないし…。