王子様とブーランジェール
その眼鏡を外してはならない
「…こんなことも出来ないのかおまえはぁーっ!」
「す、す、す、すみませんーっ!!」
夕方のグラウンドに響き渡る。
糸田先生の怒声。
サッカー部だけでなく、お隣の野球部の連中も振り返る。
もう…だいぶ鉄板になって、慣れてきたな。
本日は、木曜日。
桃李のペナルティ入部も、早四日目。
糸田先生の怒声と、桃李の汚ない悲鳴。
この二人のやりとりも、定番となりつつあった。
練習合間の休憩中。
誰もいなくなったグラウンドに、水撒きを命じられた桃李。
しかし、蛇口を捻りすぎて、ホースが暴れてしまい、おもいっきり先生に水を浴びせてしまった。
何てことを…!
先生、もちろんご立腹。
「おまえ、人生で一度も水撒きしたことないのか?ホース触ったことないのか!おまえ、人生今まで何して生きてきたのよ!」
「ひいぃっ…!」
先生のかなりの迫力に押され、桃李は悲鳴をあげて怯えることしか出来ていない。
俺みたいに言い返すだなんて、そんなスキル持ってないからな。
「あのメガネ、ダメダメだな」
「ああ。ダメダメだ。この間、荷物持ちすぎてひっくり返ってたぞ」
その光景を見て、しみじみと呟く先輩がた。
いや、俺もそう思いますよ…。
ダメダメ…。
すると、蜂谷さんが「あはははっ」と、笑い出す。
「キャプテン…」
「いやー。俺はそうでもないと思ってるんだけどね?…ただ、自信がないだけだと思うよ?自分に」
そう言って、先生と桃李を指差して笑っている。
「糸田めっちゃ怒ってる怒ってる…メガネちゃん、悲鳴あげてるわ…首根っこ捕まれてる…犬みてえ…」
人が怒られてるのを見るのが、とても楽しいらしい。
たいそう喜んでいらっしゃる、俺らのキャプテン…。
…実は。
あの日から、桃李と話せていない。
あの…高瀬のことで、怒鳴ってしまった日、恐らく泣かせてしまった、あの日から。
7月に入ってから、周りが急にあわただしくなった。
ペナルティ入部だけではなく、学校祭のことで、桃李の周りにも人が集まるようになった。
忙しくしており、何となく、声をかけるタイミングがない。
実は…挨拶すらもまともにしていない。
何でだろうか。
一声かけるぐらい、簡単なことなのに。
なぜ、出来ないんだろう。
…って、桃李は忙しくなりすぎて、もう忘れてるだろうな。
でも、俺はあの日のことが引っ掛かったままで。
時間が経てば経つほど、罪悪感でいっぱいになっていた。