王子様とブーランジェール
影の正体が明らかになった瞬間。
俺がここから逃げ出したくなった。
なぜ、ここに!
「…あぁ?」
狭山が不機嫌そうに振り向く。
「何やってんだコラ」
糸田先生…!
しかも、たいそうお怒りのご様子…!
しかし、狭山が怯むことはなかった。
「何だ糸田?あぁ?…おまえ、ホームルームどうしたのよ!クラスのヤツら、帰れねえで待ってんぞ!」
狭山…!糸田先生に、何て口の聞き方を…!
…人のこと、言えないけど。
「狭山…そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ…おまえこそホームルームどうしたのよ!ちなみに3年4組のホームルームは終わりだ!」
「はぁー。ご苦労さんなこった。で?何?」
「…何、1年の教室遊びに来てんだ?狭山さんよぉ?大事なホームルームすっぽかしてよぉ?!」
「何だ何だ?あの時間は、たーだおまえの話を聞く時間なだけじゃねえか!それとも『先生さようなら!みなさんさようなら!』必要か?あぁ?!」
「バカたれ。明日の予定を確認する大事な時間だ。そんなこともわからないのか?この娘は!」
「バカめ!私の予定は私が決める!…ふぎっ!」
狭山が偉そうに喋っている最中にも関わらず、糸田先生は狭山の首根っこをひょいと掴み上げる。
片手で軽々と!
なんというパワー!おっさんのくせに!
…って、昨日、桃李もやられてたな。それ。
まるで、子犬を掴み上げるように…狭山、何か犬っぽいな。
小型犬にそっくりだ。
「…どこ掴んでおる!…離せ!離せ!ハゲコラァ!」
宙に浮いた狭山は、締まりそうな首元を押さえながら、足をバタバタさせている。
今ので、危険な金属バットを離していた。
「…続きは、体育教官室で聞いてやる!…工藤も一緒に来い!何逃げようとしてんだおまえは!」
「あははーバレちゃったー」
美梨也がこっそりと教室から逃げ出そうとしていたのも、見逃さなかった…!
後ろにも目、あるの?
そして、狭山を掴み上げたまま、立ち去っていった。
俺に破壊されたパネルの残骸と、いかがわしい縮小フィギュアを残して…。
いったい、何だったんだ…。
いともあっさり帰っていったじゃねえか。
しかし、糸田先生も何者だ。
あの狂犬のような狭山をあっさり捕獲するとは…。
「竜堂、これどうするよ?」
仙道先生が、先ほどのフィギュアを手にしている。
「………」
黄色いゴミ袋に入れて処分してくださいよ…。
「っつーか、不純異性交遊で、おまえを指導しなきゃダメ?」
「………」
好きなようにしてください…。