王子様とブーランジェール
しかし、すでにこさえてしまった怒りは止められず。
ただ、ぶつけるのみだ。
「桃李…」
「は、はい…」
挙動不審にブルブルと震えてやがる。
それもまた、イラッとさせられる。
「簡単に騙されるんじゃない…」
「は、はい…?」
「出かける前に…鏡で全身チェックしろおぉぉっ!!」
「ひいぃぃっ!!」
雷を落とした勢いで怒鳴り散らしながら、自分自身の着ていた紺のニットベストを両手で勢いよく脱いでやった。
その脱いだベストを両手で掴み、真上から振り下ろして、叩きつけるように、桃李の頭にズボッと被せてやる。
桃李に「ぎゃっ!」と悲鳴をあげた。
ベストの首の部分から、頭がひょっこり出てきた。
無言でベストの裾を下ろしてやると、自然と両手を通している。
「………」
桃李は俺の顔を見て、ポカーンとしており。
周りは一気に静かになっていた。
そんな中、柳川の「カッコいい…」と、呟く声が聞こえた。
「なつき…」
「今日は一日これを着てろ…」
「…あ、うん…」
「洗って返さなくていい!今日家に取りに行くからな?!このガチバカが!」
ちっ。あのままだと、目の毒だ!
クラスメイト男子の格好の性欲の餌食だ!
そんなの黙って見ていられるか!
うわっ。イライラが治まらねえ…!
これ以上、イライラが爆発しないように、天を仰いでため息をつく。
だが、そんな俺を桃李を見上げて見つめている。
何だよ。何見てるんだ。
「夏輝…」
「あぁ?」
俺が返事すると、視線を斜め下にずらした。
顔が赤くなっていて、恥ずかしそうにしている。
「あ、ありがと…」
そ、それは…。
「…この、ガチバカ」
そう言って、自分の席に戻る。
椅子に座った途端、顔を伏せた。
始業のチャイムが丁度鳴ると、みんなのかすかな話し声と、バタバタと散っていく足音が聞こえる。
それを耳で感じている中、俺は顔を上げられずにいた。
また、頭が真っ白になった…!
顔が熱くなっている…。
頭全体も…!
な…何だよ、今の…。
今の『ありがと』は…。
表情がはっきりとわかるから、余計だ。
あんなに恥ずかしそうに『ありがと』言うだなんて…。
かわいすぎるじゃねえか…。
さっきのイライラはどこへ行ったのか。
もう、照れくささに吹き飛ばされた。
どうするんだ、これから。
毎回こんなんだったら…。
殺人級だ…!
問題がどんどん降りかかるばかりで。
何も解決しちゃいないのに。
また、次々と問題、障害が降りかかってくる。
苦悩と煩悩との戦いが、ついに始まった。