王子様とブーランジェール
「ち、遅刻…もうしないように気をつけます…」
「…本当か?」
「先週、一回もしてないです…」
「へぇ?って、知ってるけど」
桃李はせっせとボールを拭いている。
その様子を先生はじっと見ていた。
「いやいや。俺が考えてこいって言ったのは、『どんな大人になるか』っていう話なんだけど」
「あ、はぁ…」
「高校って場所はよ?ただ更なる勉学とその知識を学び、受験や進路に備えるための場所じゃねえぞ?まあ、学生の本分は勉強だからな?でも、それだけじゃ足りねえ」
「………」
「高校生ってのは、卒業したらすぐ成人を迎え、『大人』と呼ばれ、否が応でも大人扱いされてしまうんだ。進学するヤツもいりゃ、就職するヤツもいる。だから高校ってのは、その『大人』に備える準備期間とも言えるんだよ」
「…はい」
「…神田。おまえは、その『大人』になるために、何を準備する?」
「………」
「どんな『大人』になる?好きなパンを作るだけで、遅刻が当たり前のグータラした大人になるのか?死にたくないだのギャーギャー喚いて逃げ腰スタンスのヘタレな大人になっていいのか?」
「あ…」
「何だ?それとも、髪が天パでボサボサで、眼鏡がずれまくりのだらしない身なりのまま、大人になるか?それでいいのか?そんな大人になりたいか?」
「い、いえ!眼鏡やめました…」
とっさに首をブンブンと横に振っていた。
「高校ってのはよ、自分の理想ってヤツをおおいに掲げてよ?考える場所でもある。自分はどんな大人になりたいのか?理想に近付くためにはどうしたらいいか?何をするか?近付くためには、何が必要か、何を勉強するか?」
「………」
無言になり、手を止めている。
うつむいて、何かを考えているようだ。
「勉強以外にも、学ばなければならないこともあってな?生徒同士、人との関わりからでも、多くの事を学べる。おまえみたいに、自分のペースで遅刻して学校に来ました。だなんていう好き放題ヤローは、社会は愚か身内からも信頼なんて得られないぞ」
「はい…」
「高校ってのはよ、そんな人との関わりから、大事なことを見つけていく場所、でもある。だから、神田。おまえもおおいに理想を掲げてなりたい『大人』をイメージしていけ」
そうか。
糸田先生は、ただ桃李に重労働させていたワケじゃないのか。
こんな話も交えながら、指導ってやつをしていたのか。