王子様とブーランジェール
顔を見合せて、二人同時に吹き出して笑う。
まさかこのネタでこんなに盛り上がるとは思わなかった。
高瀬のゴリラが役に立つとは。
「…いや、もう!高瀬センパイに悪いよ」
「いい。いい。別に。だってゴリラはゴリラだろが」
「優しくていい人だよ?もう…」
バカヤロー。あんなゴリラ、庇ってやる必要なんかない。
でも、それが桃李の素直さと優しさだとわかっていると、不思議とイライラは起きない。
なぜあの時、あんなにイラッときたのだろうか。
…あんな高瀬のゴリラみたいなのにも、嫉妬していたのか。俺は。
終わってるわ…。
こんな時間にも、幸せを感じてしまう。
二人だけの時間に、小さな幸せを。
「じゃあ、せいぜい頑張れ?ボスゴリラ倒しとけよ?」
「失礼でしょ?倒すとかじゃないし…」
もう!と、困った顔をしながら、タンクトップの裾を掴んでいる手をそのまま振って、グーで軽く腰を叩かれる。
「…っつーか、いつまで掴んでんの」
「あ…ごめんなさい!」
慌ててその手を離す。
タンクトップの裾は、しわくちゃになっていた。
「倒しきれなかったら、加勢してやるからな?いつもみたく」
「…もう!大丈夫だって!」
笑いを引きずってしまって、止まらない。
顔が緩んだままになってしまった。
そんな俺を桃李はずっと見ている。
こりゃもう、流石に呆れてんな。
「わかったわかった。じゃあもう寝ろ。じゃあな」
そう言って帰ろうとしたが。
「…あ、いやこれからダンスの練習するんだ」
…えっ?!これから?
桃李が平然とそう答えるのにも、逆に驚いてしまった。
なかなか帰れない。
「…はぁっ?!もう10時だぞ?」
「これからダンスの先生来るの」
「…先生?誰?」
「近所のお姉さん。うちにいつもパン買いに来てくれるの。この間店に来てくれた時、学祭でダンスをやるって話をしたら、一緒に踊って教えてくれるって、最近毎日来てくれるの。お姉さん、星天の卒業生なんだって」
近所のお姉さん?
「ふーん…どんな人」
またしても、俺の知らない知り合いに驚きが続く。
なんとなく探って聞いてしまう。
「今は西プラザビルで洋服の販売員のお仕事してるんだって。今日は仕事帰りにうちに来てくれるの」
「西プラザビルって…」
「うん。春姉ちゃんのこと知ってたよ?隣のテナントで働いてるから、お話したことあるって」