王子様とブーランジェール
そのうち先生は顔を引きつらせながらも、桃李のところへと行ってしまった。
今日は絶対退かない。負けない。
先生にだって。
カバンの中から、売店のあんパンとアイスコーヒーを取り出す。
今日、陣太が買ってくれた。
他にもチョコレートとか、饅頭とか。
俺の動画を売って得た金で…。
一万円ももらったんだとさ。一万円も!
たかが俺の動画で…。
あんパンを食べながら、洗車の光景を見守る。
桃李がホースを持って、マイクロバスに水をかけ続けていた。
手の届かないところは、脚立に乗って作業をしている。
脚立…桃李が脚立に乗ってる。
こんなことがなければ、桃李は脚立になんて乗ることがなかっただろうに。
だが、ペナルティ入部の初期と違うのが。
桃李、悲鳴をあげなくなったな。
あと、先生の怒鳴り声も少なくなった。
あと…オドオドしてない。
黙って一生懸命、仕事してる。
変わったといえば…変わったかもな。
「おまえら、付き合ってんの?」
糸田先生がまたこっちにやってきた。
やってくるなり、その話を振るのはどうなんだ。
「いいえ。ただの幼なじみです。家近いし」
「へぇ…ただの幼なじみか」
今は、ですけど。
これからどうなるかは、自分次第。
「…じゃあよ、幼なじみだったら、神田の母のことも知ってんのか?」
「え?知ってますよ?」
「あぁ…そう」
糸田先生は何かを思い出したのかのように、苦笑いをしている。
そういえば、一回先生と会ってるんだっけ。
「…何なんだあの母親は」
「何って…性格のことですか?見た目のことですか?」
「両方だ!…ビックリしたぞあの見てくれ!某海賊漫画の女航海士かと思ったじゃねえか!胸でかいわ、やたらと肌見せ多いわ、色気の塊じゃねえか!」
「………」
何も言えない…。
それは…あの人の個性でして。
年齢よりかなり若い見た目をしてるんだよ。
「それに、中身も随分と豪快じゃねえか!学校来るなり娘を怒鳴り付けて泣かすわ、かと思えば、俺にはへこへこするわ…」
「それは、あの人の習性でして…」
職人気質だから、豪快ではある。
それに苺さん、桃李にはかなり厳しいからな…。
「まあ、あんな母親の娘だから自尊心や自己評価が低いのも頷けるわ。毎日あーでもないこーでもないおまえはダメだと言われ続けてるんだろ。だからあんな自信なさげのヘタレになったのか」
そのセリフ、俺にもグサッときた。
俺のことも言われてるような気がして。