王子様とブーランジェール
何年もの経験からか、生地に触れる手つきは慣れたものなのか。
スピード感もあって、本当に職人技…高校生だぞ?
見とれてしまう。
パンを作ることに関しては、こんなに器用なのに、なぜ、学校では、落ち着きなくルーズで、いつもパニるとすぐに挙動不審になってしまうのだろうか。
そこが不思議だ。
しばらく、ボーッと見とれる。
たまに見せるはにかんだ笑顔や。
無邪気で、その裏表のない直球の素直さ。
喜んだり、悲しんだり、楽しんでいたりと、くるくると変わる表情。
その全てが。
…好きなんだよな。
もう、かれこれ五年。
好きで好きで好きで好きで仕方がない。
ずっと、桃李のことを考えているのに。
ずっと、想いは心の底に閉まって置いている。
想いを伝えたいと、思ったこともあるが。
言えない…。
この距離から見守るどころか、視界に入れただけでも、すごいドキドキしてしまう始末。
桃李が何をしているのか、常に気になっているし。
話をするのも、本当はめちゃくちゃ緊張してしまう。
で、照れ隠しに、冷たくしたり、キツイ一言を浴びせてしまうのだ。(突っ込みドコロも満載ではあるが…)
悪循環だって、わかってる。
でも…。
『…ごめん…』
『…好きだ…』
だなんて、絶対言えない!!
桃李みたいな素直な感情、出せない!
そんな素直な言動を、本人目の前にして言おうものなら、俺の心臓は恐らく弾け飛んで、散ってしまう。
そして、おかしくなるに違いない。
男たる者は、強くあるべきであって。
桃李の前では、弱いところなんて見せられない。
ドジな桃李にとっては、俺は頼れる存在でなければならない。
赤面してあたふたするところなんて、絶対に見せられない!
そんな信条があるものだから、いつでも平静を装って、素直になれないでいる。
意地っ張りの負けず嫌い。
これに関しては、俺は全くの不器用だ。
でも、その不器用さも悟られちゃいけない。
桃李に。
カッコ悪いとこなんて、見せられない。
そんなことを漠然と考えながら、ウィンドウ越しの彼女をずっと見守る。
ずっと見てても飽きない。
すると、桃李がふと顔を上げた。
あっ…。
バチっと目が合う。
中にいる桃李もとたんに驚いた顔を見せた。
覗きがバレたっぽい。
は、恥ずかしっ…!
しかし、すぐ笑顔を見せている。
こっちに向かって、手を振っていた。
ここで覗きをしている人物が俺だということが、わかったらしい。