王子様とブーランジェール



掴み合いグッと引き寄せるその腕は、お互いプルプルと震えていた。

互いの距離も近くなり、ゴリラの目玉がひんむいたアップはキツい。

しかし、そのゴリラ顔を見ていると、ますます殺意が溢れてくる…!



「桃李から手を退け…このクソゴリラ」

「…あぁ?何寝惚けたこと言ってんだぁ?女囲い過ぎてボケボケになってんじゃねえのか?あぁ?」

「…そういうおまえもチャラ男とか女囲うしか言ってなくね?おまえもバカの一つ覚え。やっぱりバカゴリラだ。バカゴリラバカゴリラ」

「…連発するな!竜堂おまええぇぇっ!!」

「何度でも言ってやる!バカゴリラあぁぁっ!」



一触即発とは、まさに唐突なもの。

お互い掴み合ってメンチ合戦を繰り広げていたが。



急に腹にズシッと重い痛みが襲いかかる。

不意討ちのその衝撃で、高瀬から手を離してしまった。

息が詰まりかけたが、その痛みの正体が即刻わかり、一気に怒りが頭のてっぺんから爆発した。



こ、こいつ…腹に蹴り入れてきた!

膝蹴り…!

ゴングも鳴ってねえのに…!



「…不意討ちかコラァ!」

「余所見している方が悪い」



そう吐き捨てる高瀬は、右肘を後ろに引いている。

もう一発…マジか!

不意討ちの第二波である顔面めがけて飛んできた拳を、大きく後ろに反って回避した。



「…まだゴング鳴ってねえぞ!このマナーの悪いヤツめ!」

「ルール無しのケンカ試合にマナーなんかあるか!」



ふざけんなよ、この野性動物が!



しかし、やられっぱなしでいるワケにはいかない。

やられたら、やり返す。



離れた距離を埋めるかのように左足を踏み込ませ、右足を振り上げ回す。

ヤツも顔面すれすれに飛んできた俺の踵を、後退してかわしていた。



俺達の突然の試合開始に、観客席が一気に歓声で沸き上がる。

待ってました!と、言わんばかりだ。



『始まったぞ!…福元、ゴングを鳴らせ!』

『…は、はい!』


傍で見ていた狭山は、速やかにケージの外に出ていた。

取って付けたかのように、慌ててゴングが鳴る。


『ケージ、鍵をかけろ!』


そう指示を出すと、入り口にいた潤さんと反対の高瀬側の入り口にいた奈緒美が、外からガシャンと鍵をかけた。



リングの上には、高瀬と二人。


…なんて、冷静に周りを見ている場合じゃない!



殺す…このゴリラだけは、殺す!




< 304 / 948 >

この作品をシェア

pagetop