王子様とブーランジェール
掴み合いグッと引き寄せるその腕は、お互いプルプルと震えていた。
互いの距離も近くなり、ゴリラの目玉がひんむいたアップはキツい。
しかし、そのゴリラ顔を見ていると、ますます殺意が溢れてくる…!
「桃李から手を退け…このクソゴリラ」
「…あぁ?何寝惚けたこと言ってんだぁ?女囲い過ぎてボケボケになってんじゃねえのか?あぁ?」
「…そういうおまえもチャラ男とか女囲うしか言ってなくね?おまえもバカの一つ覚え。やっぱりバカゴリラだ。バカゴリラバカゴリラ」
「…連発するな!竜堂おまええぇぇっ!!」
「何度でも言ってやる!バカゴリラあぁぁっ!」
一触即発とは、まさに唐突なもの。
お互い掴み合ってメンチ合戦を繰り広げていたが。
急に腹にズシッと重い痛みが襲いかかる。
不意討ちのその衝撃で、高瀬から手を離してしまった。
息が詰まりかけたが、その痛みの正体が即刻わかり、一気に怒りが頭のてっぺんから爆発した。
こ、こいつ…腹に蹴り入れてきた!
膝蹴り…!
ゴングも鳴ってねえのに…!
「…不意討ちかコラァ!」
「余所見している方が悪い」
そう吐き捨てる高瀬は、右肘を後ろに引いている。
もう一発…マジか!
不意討ちの第二波である顔面めがけて飛んできた拳を、大きく後ろに反って回避した。
「…まだゴング鳴ってねえぞ!このマナーの悪いヤツめ!」
「ルール無しのケンカ試合にマナーなんかあるか!」
ふざけんなよ、この野性動物が!
しかし、やられっぱなしでいるワケにはいかない。
やられたら、やり返す。
離れた距離を埋めるかのように左足を踏み込ませ、右足を振り上げ回す。
ヤツも顔面すれすれに飛んできた俺の踵を、後退してかわしていた。
俺達の突然の試合開始に、観客席が一気に歓声で沸き上がる。
待ってました!と、言わんばかりだ。
『始まったぞ!…福元、ゴングを鳴らせ!』
『…は、はい!』
傍で見ていた狭山は、速やかにケージの外に出ていた。
取って付けたかのように、慌ててゴングが鳴る。
『ケージ、鍵をかけろ!』
そう指示を出すと、入り口にいた潤さんと反対の高瀬側の入り口にいた奈緒美が、外からガシャンと鍵をかけた。
リングの上には、高瀬と二人。
…なんて、冷静に周りを見ている場合じゃない!
殺す…このゴリラだけは、殺す!