王子様とブーランジェール
「…隙ありっ!」
…はっ?!
顔を上げた時には、目の前には高瀬の足が。
あっという間に額の右側を襲われ、衝撃で頭を振られる。
一瞬、目の前が真っ暗になり、頭がグラッときた。
え…!
「…試合中にネイルなんか気にしてんじゃねえぞ?!だからおまえはチャラ男なんだよ!」
ま、マジ…!
こんな騙し討ちみたいな攻撃に引っかかるなんて…!
ショック。怒りよりもショックだ。
汚ねえゴリラだな…!
周りからは、『キャーっ!!』と、女子のおぞましさ抜群の悲鳴が聞こえた。
悲鳴あげたいのは、こっちだよ…。
『高瀬、汚すぎるー!騙して気を逸らせてからの上段回し蹴りー!竜堂の頭にもろに炸裂!…女が欲しいためにそこまでするか!汚すぎるゴリラだー!』
や、やばっ…!
倒れ込まないよう、必死で足で堪えるが。
そこに、決定的な第二波が、来る。
高瀬が背を向けて、右の軸足を左に切り替えている。
体を更に軽く捻って回転しながら、右足を振り上げてきた。
(やばっ…)
技の正体を察知し、体を後退させて、回避しようとした。
しかし、間に合わず。
避けきれずに、踵が右の腹部に入った。
(あっ…)
「…キマらなかったか。おまえホントに逃げ足早っ!」
そう言って、高瀬は舌打ちする。
息が詰まって、声が出ない。
逃げ足が早いと言われても、回避しきれず、七割の威力で入った。
思わず、右膝をついてしまい、腹を抱える。
危ない…完全に入ってたら、ダウンしていた。
でも、腹に炸裂したことには変わりはなく、衝撃はそのうち痛みとなって体に襲う。
痛みに体が支配されて。
何だか、頭がごちゃごちゃとボーッとする。
ヤバい、これ…。
《…夏輝…夏輝!》
あぁ…何だこれ。
桃李の声だ。
幻聴まで聞こえてきた。やばっ。
こんなに観客の声が響きすぎてんのに、こんなにはっきり聞こえてくるとは、まさしく幻聴。
俺、マジでヤバいワケ?
(マジか…)
そういえば…。
あの時も、こうやって、腹に蹴りくらったっけ…。
《…やめて!やめて!お願いです!》
《ごめんっ…ごめんなさい》
…そうだ。
俺、もう負けるワケには、いかないんだっけ。
桃李の前では、もう絶対に。
負けては、ならない。
『理不尽』に負けたあの日から。
おまえの前では、負けてはいけないと思った。
だって…。