王子様とブーランジェール
『汚い上段回し蹴りからの、これは、後ろ回し蹴り、スピニングバックキック!高瀬、容赦無しのゴリラだー!竜堂はダウンか?額から流血している様子ですが!』
…ん?流血?
局長さん、今何て?
今の一言で、ハッとして頭がはっきりしてくる。
すると、痛みを感じていた額の右側がやけに温かい。
まるで生ぬるい水滴が滴っているようだ。
やがて目の中に入ってきたため、右手で拭う。
…げっ!
拭った右手は、おびただしく赤くなっていた。
流血していた、ホントに…!
まさか、さっきの上段回し蹴りの時か?
嘘っ!
血液が付着した右手を見つめていたら。
何だか、パチッとスイッチが入ってしまった。
途端に、腹の底から一気に込み上げてくる。
…怒りが。
「…ゴリラコラァ…」
「…は?ダウンしないのか」
「…め…きれ」
「…あ?」
ふつふつとではなく、噴火山のように。
爆発する。
「…ツメ…足の爪は、切れやコラああぁぁっ!!」
「は…はぁっ?!」
あんなに声が出なかったのに、一気に出た。
あんなに頭がボーッとグラグラしていたのに、すっきりしていた。
「…このゴリラコラァ!足の爪伸びてんだよ!この爪長ゴリラあぁぁっ!!」
「つ、つめなが…?」
ちっ…このゴリラ!
試合前には必ず爪を切れ!
空手のルールにはないのか?!試合前には必ず爪を切れってよ?!
おかげで、スパッといってるじゃねえか!俺のデコがぁっ!
何でだか、さっきの痛みや半落ちは吹き飛んだ。
治ったというワケではないが、何だか平気。
普通に立ち上がり、床についた膝の埃を手でパンパン払ってほろう。
まさか、高瀬が爪を切っていないということに自分がキレてしまうとは。
自分でも驚きだ。
『おぉぉっ!竜堂、立ち上がりましたーっ!高瀬に爪を切れ!と文句を言っているー!何で元気になったかは、全く不明です!よくわからない!』
元気にディスってくれて、ありがとう。
局長さんのおかげで流血に気付けました。
…だなんて、冗談もほどほどにしなくては。
顔を上げて、少し離れたところにいる高瀬を視界に入れる。
相変わらずゴリラ面で、イラ立ちをそそるな。
「は?おまえ、立ち上がれんの?負け犬ヅラしてたくせによ?」