王子様とブーランジェール




「おまえ…何でそんなことに勇気でちゃったの?」



思わず、心の声がそのまま出てしまった。

挙動不審女が。

ついさっきまでヤンキーにビビりまくっていた女が。

急にガラリと態度を変えて、あえてトラブルの中に飛び込むカタチに…。

パンのことになると、なぜこんな自信満々になってしまったのだろうか。

人が変わりすぎる!

だって無謀すぎるだろ。

ヤンキーにクロワッサン持っていくとか!

普段の挙動不審からじゃ考えられねえ…。



だが、当の本人は、能天気なもので。



「…うーん。何か、ワクワクしちゃった」



そう言って、桃李は「ふふっ」と思い出し笑いをしている。

ワクワク…はぁ?!

あれほどビビってたヤンキー相手にか!

「ワクワクしちゃったって…ワクワクしちゃったで済んじゃう話?」

「んー。何となく」



な、何だって!

桃李の思考がまるでわからない。

恐い思いをしたはずなのに。

理解不能で、ポカーンとせざるを得ない。

だから、パン生地捏ねていたのか。



すると、桃李はこっちをじっと見ている。



「だってね、夏輝」



眼鏡越しでもわかる、大きくて黒目がちな瞳。

泣きそうでないのに、いつも何となく潤っている。

いや、泣きそうになると更に瑞々しくなるんだけど…。



目力強いその目で見られると、いつにも増して照れる。

…じっとこっちを見るな。

照れすぎて、どうしていいかわからなくなるじゃねえか。



「うちのパンを食べたいって言ってくれる人がいたんだもん。そういう人にはいくらでも作ってあげたいって思っちゃったんだ」



そう言って、桃李はまたはにかんで笑う。



「だって、嬉しいでしょー」




…あんまり可愛い笑顔で笑うな。



単純にも困ったものがある。

まあ、桃李が痛い目にあってなくてよかった…と、言うことでいいんだろうか。

しかも、俺が乗り込むんじゃなくて、桃李がパンを持って乗り込むカタチとなってしまった。



とりあえず、良かったのか。

…え、いいの?




ため息が出た。

吐き出したのは、息だけじゃなくて…ちょっとした嫉妬。

俺の身勝手で、大したことじゃないんだけど。




『うちのパンを食べたいって言ってくれる人がいたんだもん。そういう人にはいくらでも作ってあげたいって思っちゃったんだ』




じゃあ、何だよ。

俺が毎日パン食いたいって言ったら、俺のために毎日焼いてくれるのかよ。

俺のために。

俺、毎日食べたいんですけど…。



…だなんて、とても言えない。



一人で考えて、一人で勝手に恥ずかしくなってしまった。

俺、何考えてんだか…。







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