王子様とブーランジェール
フリージアに対して、ずっと睨みをきかせてきたガス室女だったが、その様子をしばらく見守っていると、俺の視線に気付いたらしい。
ハッとして、咳払いをひとつする。
「夏輝様、ごきげんよう。私、1年8組の小笠原麗華と申しますわ」
「は、はぁ…」
「夏輝様のことは、入学式の新入生代表挨拶の時から存じておりましたの。もう、今までにお会いした殿方の中では、秀でて一番の王子様ですわ…うちわよろしくお願いいたします…」
「はぁ…」
ごきげんようって…いつの時代のお嬢様?
その縦ロール巻き髪も、時代を感じるお嬢様のシンボル…。
新入生代表挨拶…そんなこともやったな。
今言われなかったら、思い出すこともなかった。
うちわを受け取りながら、苦笑いをする。
「昨日のゴリラをぐっちゃぐちゃにぶっ潰した試合、最高でしたわ?私、人目も憚らず、ついエキサイトしてしまいましたの。オホホホ…」
「は、はぁ…」
言葉遣いが綺麗なのか、汚ないのか、何だかよくわからない喋り方だ。
にわかお嬢様なのか?お嬢様のフリ?
その高笑いも、時代を感じるお嬢様のシンボルじゃねえか。
一応、初対面なので深く突っ込めないところが、むず痒い。
「は、はぁ…」しか言えないところが、むず痒い。
「…ところで、夏輝様。我が家にはガス室が…」
「夏輝様!私、1年1組の鈴木羽奈です!インターハイ予選の決勝、見に行きました!うちわお願い致します!」
「わ、私は2年1組の金村詩ですぅー!私は熊注意!のイラストお願いします!」
「ちょっとちょっと!大事なガス室の説明の途中であなたたち!」
「もー!麗華ちゃん、ガス室の話はいつでもいいよー!」
「麗華もファンならフェアに持ち時間守ってよね!」
小笠原麗華の話を遮るように、次々に俺に自己紹介をするお連れの方々。
またモメ始めたぞ。やれやれ。
俺的にはガス室の話を聞いてみたかった気もするが。
受け取ったうちわ三枚にイラストを描きながら、そのモメ具合を見守る。
熊注意?とうとうオーダー入れやがった。
「夏輝様っ」
「…えっ!」
いつの間にか、至近距離でフリージアが。
俺の耳元にフッと息をかけてくる。
とたんにゾクゾクっと寒イボが立ってしまい、思わず悲鳴をあげてしまった。
「…うわあぁっ!」