王子様とブーランジェール
「桃李も着ればよかったんじゃない?」
そう言って、理人は「ほらほら」と浴衣の袖を桃李の前でちらつかせる。
対して桃李は、「いやいやいや…」と首を横に振っていた。
「ほら。私、天パで眼鏡でちんちくりんだから、浴衣なんて似合わないし」
それを聞いて、理人は首を傾げている。
「え?もう天パ眼鏡じゃないしょ」
「…あ、そうだった」
おいおい。そのくだり、さっきも柳川とやってたよな?
天パ眼鏡をやめたこと忘れてるって、何なんだ。
きょとんとしているその様子、恐らく本気で忘れてやがったぞ?
こんな重大事件を…!
「桃李なら、浴衣でもドレスでも何でも似合うよ?…な?夏輝?」
「………」
コイツ、またしても歯が浮くセリフをさらっと言った。
で、何で俺に振る?
俺が簡単に答えられないことを知ってのフリか…!
意地悪なヤツだ。
…だけど、そんなことも言ってられない。
『友達の弟』や『幼なじみ』から、格上げを狙うには、こういうのが肝心で。
気の利いたことのひとつでも言えりゃ…ちょっとは意識してもらえるんだろうか。
『男』として。
「…まあ、これから花火大会とか町内会の夏祭りあるから、そこで着ればいいんじゃねえの?」
「あ、そっか」
…あぁっ!全然違うことを口走ってしまった!
格上げを狙うとか、意識してもらうとか、全く関係のない返答!
ただの事務的な返答だ!
しかも、桃李も普通の受け答えだ!
何てことない普通の会話…。
桃李の向こうにいる理人の目がシラッとしていて、チベットスナギツネになっている。
『所詮おまえか…』と、目で訴えられている。
いや、やっぱり。
い、言えるワケがない…。
『似合う似合う!桃李の浴衣姿、見たいなー?』
なんて、本音を口走ってしまったものなら、恐らく恥ずかしさ爆発して、消えて粉々になってしまうわ。
俺の意気地無し…。
俺の意気地無し…。
長い長いため息が出た。
「夏輝、残念すぎる回答だ」
学校祭の公開も終了して、これから後夜祭が始まるらしい。
涼しかったんだけど、浴衣のままでいるのもどうかと思い、理人とトイレで着替える。
「…それ、さっきの話?」
シャツのボタンを留めながら理人の質問に答える。
理人は脱いだ浴衣を簡単に畳んでいた。
「うん。何で心に響く一言が言えないかな。あんなんじゃスルーされるに決まってる」