王子様とブーランジェール
普段は器具倉庫として使われている、ステージ袖の控え室。
ステージを挟むように、左、右に各ひとつずつ。
しばらく、その様子を見てみる。
人の出入りはどちらの方もあるが、強いて言えば、左の方が多い。
どちらも、倉庫の前には見張りのスタッフがいる。
だが、そこで。
俺は見逃さなかった。
右の見張りのスタッフは知らない女子だが。
左…菊地さんだ。
同じクラスの、桃李の友達の菊地真奈さん。
いつも編み込みヘアで、眼鏡をかけている、どちらかと言えばおっとりとした雰囲気の女子だ。
大騒ぎして、中に乗り込むのはあまり良くない。
中ではモデルが着替えをしているかもしれないからな。
痴漢扱いされてしまうかもしれない…。
…だから、表で見張りをしている菊地さんに、当たり障りなく話をして、情報収集をし。
狭山を呼び出すなり、桃李が今どうしているか探る。
そうと決めたら、即実行。
薄暗い中、人混みを掻き分けて、ステージ袖の左側の控え室へ向かう。
ちっ。何でこんなに人だらけなんだよ。
なかなか前に進まない。
ふと、ランウェイの方に目をやると…潤さんだ。
着物の生地のドレスという、大胆で斬新なデザインのドレスを着て、歩いている。
潤さんもモデルだったのか。
しかし、そんな潤さんとすれ違って出てきたのは。
なんと。
藤ノ宮律子だ。
濃紺のサテン地のドレス…背中がばっくり開いている。
随分大胆な格好だ。
背が高くて細い女子生徒は、やはりモデルのオファーが来るんだな。
…だなんて、よそ見をしている場合じゃない。
人混みを掻き分けて、やっと脱出する。
人の波が途切れたそこは、もう控え室である器具倉庫の前だ。
入り口の前には、スタッフの腕章を付けた菊地さんも立っている。
…どんな恥ずかしい格好なのか。
貝殻ビキニなのか、何かは知らんが。
恥ずかしい格好の桃李を、この全校生徒、人前に晒すのは、断固阻止だ。
断固阻止…!
狭山の悪巧みも阻止…!
人の波から離れて、控え室の方へと足を向ける。
門番係の菊地さん、入り口の前に立ちながらも腕章を付けたスタッフと、手に持ったプリントを見ながら話をしていて、忙しそうにしている。