王子様とブーランジェール
体育館を出ると、一転して静かであった。
ガラーンとしていて、人ひとりいない。
でも、今は一人でいたいから、この静寂は有難いかなと思ってしまう。
廊下を歩いて行くと、窓からは、沈みかけた夕陽が僅かばかりに差し込んでいた。
細く開いている部分から、夕方の涼しい風がそっと吹き込む。
その涼しさに惹かれて、つい立ち止まってしまった。
そのまま、漠然と窓の外を見やる。
『何泣かしてんのよ!最っ低!』
…言葉の通り。
本当、最低だと思う。
考えてみれば、桃李は、俺と狭山のよくわからない小競り合いに巻き込まれてしまったという、被害者なのに。
『…だ、だ、だって、天パで眼鏡でちんちくりんだもん…こ、こ、こんなキレイな服、似合わない…』
…かわいかったとは、思うけど。
でも、桃李としては、突然のことで、何が何だかわからなくて。
心の準備もないまま、ステージに立たされて。
『…て、天パと眼鏡やめたって…ち、ちんちくりんは変われてないもん…』
…あの大勢の前に、あんな格好で出るのは。
今までモブキャラとして隅っこで生きてきた桃李にとっては、すごく恥ずかしくて、勇気のいることだったと思う。
体も震えていて。
その上、冗談とはいえ、野球ボールを体にぶつけられて、痛い思いして。
大勢の前で派手に転んで、笑われて。
恐かっただろうな…?
そりゃあ、泣きたくもなるよな。
だけどそれを…シカトされて、ちょっとイラッとしただけで、俺はそれを大袈裟だとか、たかがだとか言ってしまって。
桃李がどんな思いをしていたかとか、何も考えていなかった。
言葉の通り、本当に最低だよな。
『…み、みんな…て、天パと眼鏡やめたとたんに…かわいいねとか…遊びに行こうとか、言ってくるけど…わ、私、何も変われてないもん…』
…変わりたいと願っていた桃李だけど。
外見を少し変えただけで、取り巻く周りの反応が大きく変わってしまって。
中身が追い付いてなくて。
戸惑っていた最中でもあったんだとも、改めて知る。
『…な、な、夏輝は何でもカンペキに出来るかもしれないけど…わ、わ、私には、な、何もうまく出来ないもん…』
…実は、俺的には、この発言が一番痛かった。
桃李に、実はそういうふうに思われていたなんて。
痛かった。