王子様とブーランジェール




衝動的に合わせた唇と唇の感触と温度を感じて。

頭の中では、想いが駆け巡って熱くなってくる。



…だから。優しすぎるって。

そこまで感謝されるほどのこと、してないんだって。



でも、おまえのその何気なく言っている、その一言が。

その『ありがと』が。

何よりも嬉しくて。

照れ臭くても、嬉しくて。

安心したりもして。

こうして、舞い上がっちゃったりなんかして。

…気持ちが、想いが走って。




ますます、熱意を募らせていく。

欲しく…なる。



こっちから言わなきゃいけないこと、たくさんあるのに。



唇は、柔らかくて…温かかった。

しばらく触れていたその唇をゆっくりと離すと、その温度は徐々に消えていく。

でも、離れても感触は残ったままで。

それがまた、一層胸を震わせる。



「桃李、あの…」



もう、不意討ちでキスをしてしまったことの弁解なんて、するつもりはない。

そんなことよりも、伝えなきゃいけないことがある。



「…さっきは、ごめん…あと…」



謝罪の、その先。

言うなら、今しかない。



…想いを伝えることを、あんなに躊躇していたのに。

今はなぜか。

今すぐにここで、伝えなきゃいけないって思ってしまった。




頭と胸の奥を熱くさせたまま。

高ぶった気持ちは、停められず。




「…俺、桃李のこと、ずっと…」




背を壁に預けてうつむいたままの桃李に。

唇を離したままのその近い距離で、語りかける。




「…好き…」



桃李の体がガクンと左に傾いた。



「…だった…んだけど…ん?」



そしてまた、ガクンと大きく左に傾き、そのままバタンと床に倒れてしまった。



…あれ?



「…って、と、桃李?!」



突然、地に倒れてしまった桃李の顔を覗き込む。



しかし、そこは。

ホラーの世界だった。



「…いいぃぃっ!!」



思わず、悲鳴をあげてしまった。

桃李のような、汚い悲鳴を。

あまりの恐ろしさに、とっさに後退してしまう。



こ、こいつ。

白目むいてる…!



今、息が止まるかと思った。

心臓、バクバクいってる。



白目をむきながら、和室の畳の上に左向きで横たわる桃李。

わずかに寝息が聞こえている。



寝落ち…!



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