王子様とブーランジェール
しかし、良きサプライズってのは嬉しいものですな。
一人で笑ってしまいそう。
すると、ウッドデッキに繋がる出入口となっている窓がカラカラと開く。
中に入ってくるその姿に思わずドキッとしてしまった。
き、来た。
「あ、夏輝。バゲット切りたいから、ナイフとまな板貸して」
自分の家から持ってきたバゲットとタッパーを抱えて、家の中に入って来た。
桃李だ。桃李。
久しぶりの桃李。
「あ…わ、わかった」
手に持っていた野菜と肉を一旦置いて、ご所望の物を探す。
ヤバい。久々だから、緊張するのか嬉しいのか。
なかなか目を合わせられない。
ブレッドナイフと専用のまな板を出して、ダイニングテーブルに置いてやる。
「ありがとー。美味しいの持ってきたから一緒に食べよ?」
桃李は早速袋からバゲットを取り出して、まな板の上に置いている。
「今日は何持ってきたんだ?」
慣れた手つきで、素早くパンを切っていく様をその横から覗く。
さすが職人。
思わず椅子に座って、その様子を見てしまっていた。
「食べたい?いぶりがっことクリームチーズだよ」
「いぶりがっこ?東北の漬け物?」
「お母さんが近所のおばさんからおみやげにもらったんだって。バゲットを網で温めて、その上に塗って食べるの」
「へぇー。考えるな」
そう説明しながら、作業をしている桃李の横顔に視線が移る。
久々で感動してついつい見つめてしまう。
ただいま集中して作業中、みたいな。
なのに、楽しそうで穏やかな。
そんなこの表情が好き。
少し前までは、照れくさくて直視も出来なかったはずなのに。
こんなに近くにいたら、恥ずかし過ぎて死にそうになっていたのに。
何でか、今はずっと見ていたくて。
照れくさいことは照れくさいけど、近くで見ていたいっていう気持ちの方が強くて。
きっと、開き直ってしまったからだろうか。
あの学祭の作法室での出来事から。
唇…柔らかかったな。
そんなことを考えては、あの時のことを思い出してしまい、急に恥ずかしくなってしまう。
いけない。
あの時のことは、門外不出だっつーの。
「夏輝?」
桃李は、不意にこっちを向いている。
目が合ってしまった。
…あぁっ!見つめてんの、気付かれたか?!
恥ずかしい…!
「そんなに早く食べたいの?待って待って」
…俺は毎度毎度、常にひもじい思いをしているように見えるんだろうか?