王子様とブーランジェール
「バゲットはね、このままでも美味しいんだけど、いぶりがっことクリームチーズの場合は炭で炙ってからの方が絶対美味しいから、待って待って。…あ、先にジンギスカン鍋食べよ?」
うんうん。そうするー!
…だなんて、俺が可愛らしい返事なんてしてしまったモノなら、相当キモく、理人に永遠にからかわれることになるので。
「お、おう」と、そっけない返事しか出来なかった。
桃李がパンを切り終え、持参した袋に入れている。
「ナイフとまな板ありがとー。ジンギスカン鍋食べよー」
「わかったわかった」
桃李もジンギスカン食べたいのか?
それは、作った甲斐がありますよ。おまえのために頑張って焼いてやる。理人?どうでもええわ、そんなの。
そろそろ外に出るかと思い、座ったまま一度降ろした野菜や肉に手を伸ばした。
「…あ、夏輝。髪切った?」
背中の方から、桃李の声がする。
「切った切った」
「すっきりしてる。前の髪型より男らしい感じだね。でもちょんまげ可愛い」
「…あ、そう」
…しばらくこのヘアスタイルでいよう。
ちょんまげは今だけだっつーの。
席を立とうとした時。
左耳の上辺りがフワッと、何かが触れた感覚がした。
反射で思わず振り向く。
振り向き様、ヤツと目が合って不覚にも体をビクッと震わせてしまった。
「…あっ、ご、ご、ごめんっ」
目が合うと同時に、直ぐ様手を引っ込めている。
え?い、今…触った?
俺の髪、触った?
状況を把握してしまうと、今のところ平気だった恥ずかしさが、一気に襲ってくるように頭が熱くなってきた。
だ、だ、だって!
今、触った?!触っただろ?!
何も言葉が出ずに、ポカーンとしていると、桃李がすこぶる慌てている。
今にもあの『ひいぃぃっ!』という汚い悲鳴をあげそうなぐらい、恐怖に満ち溢れた顔をしていた。
「ぱ、ぱ、パーマかかってるのかなって思って、ち、ちょっと…ご、ご、ご、ごめんっ!」
「い、いや…」
「お、お、お、怒らないで!」
俺…こんなことぐらいで、怒るヤツだと思われてるのか?
なんか悲しい…。
「と、桃李…」
「…ひいぃぃっ!ご、ごめんなさいぃぃっ!」
本当に悲鳴をあげてしまった。
な、何で…。