王子様とブーランジェール



だから、何でそうなるんだ!



「ま、待て!」


逃げようとする桃李に手を伸ばして、とっさにその腕を掴んでしまう。

掴んだと同時にまたしても『ひいぃぃっ!』と、悲鳴をあげていた。

だから、何で!殺される寸前のような悲鳴をあげるんだ!



気持ちが焦る。

このまま、桃李にとって、恐ろしい存在ではいたくない。



そう思うと、何かを言わなきゃと思ってしまった。



しかし、焦ってるもんだから、何を言っていいのか言葉が出てこない。

桃李の細い腕を掴んだまま、あわあわとしてしまう。

…あぁっ!何で桃李のことになると、俺はいつもこうなんだよ!

だが、俺に腕を掴まれたままの桃李は、ガタガタと震えてきて、目がうるうるとしてきた。

あ、あぁっ!まるで取って喰われる恐怖に満ち溢れた表情だ!何でそんなにビビってんだよ!



どうしたらいいのか。

何を言ったらいいのか。

どもりながら、とっさに出てきた言葉が、これだった。




「…さ、さささ触っても…い、いいんだぞ?」




「…え?」



俺の苦し紛れのおかしげな返答に。

桃李の表情からは、一気に恐怖に溢れた表情が消え、今度はきょとんとしている。



あ。あああ。

し、しまった。

何を言ってるんだ俺は…!

こんな意味わからない発言、さすがの桃李もビックリじゃねえか…!




おまえになら、どこを触られても構わない。

…だなんて、思ってしまったからの発言だった。




「さ、触っても…良かったの?」

「あ、あああ…うん」

「お、怒ってないの?」

「…怒ってない…」

「髪崩れるから嫌なのかと思った…」

「…こんなセットもしてない髪、崩れるも何もあるかよ」



意味わからない発言、うまく取り繕えた?

それは、こいつがバカだからだろう。

桃李がバカで良かった。



「なんだぁ…」



桃李は長いため息を吐いている。

まるで、命取られずに済んだ…みたいな?

ったく。おまえにとって俺はどれだけ恐怖の存在なんだ。

俺が怒ったら、噴火湾のホタテが全滅するぐらいの勢いなんだろうか。



恐怖の存在…ではなく。

良い意味で…『一番』でありたい。




その『一番』になるために、まず何をしなければならないのか。



「…桃李」

「ん?」

「あ、あの…」




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