王子様とブーランジェール
帰宅してもまだ着替えないでいた部ジャージ姿のまま、玄関でスニーカーを履く。
すると、ピンクが吠えながら後を追って俺のところ目掛けて走ってきた。
…こんなに疲れてるのに、散歩なんか行かねえぞ!このクソ犬!
慌てて外に出てドアを閉めた。
ったく。
街灯の間隔が長い、そんな夜道を一人歩く。
暗がりの長い坂を下っている最中、近所のおばちゃん、中村さんと遭遇する。
お互い目が合って「あ…」と、声をハモらせてしまった。
「こんばんは」
「あらー!なっちゃん、見ないうちに大きくなったわねー!もう高校生だっけ?高校どこだっけ?サッカーやってるの?」
「あ、はい…」
ヤバい。捕まった。
マリアより一回りほど歳上の中村のおばちゃん。
話し好きで、これ…話し込んでくるパターンだ。
道端の街灯に照らされながら、立ち話という攻撃を受ける。
「最近、涼しくなってだいぶ過ごしやすくなったわね?!こんな暗くなってからどこ行くの?!」
「あ、友達のとこに…」
「友達?あ、りーくんのとこ?りーくんもこの間見かけたわよぉー?あの子も大きくなったわねー!女の子と歩いていたわよー!」
りーくんとは、理人のことである。
わかっちゃいたけど、よく喋るなこのおばちゃん。
「うちの子もお盆に東京から帰ってきたんだけど、まあお付き合いしている人もいないみたいで、もう30になるのに、おばちゃん心配で心配で…」
「はぁ…」
「そういやさっき、ガラの悪い男の子たちが歩いていたのよー!星天高校どこだ?とか邪魔だクソババアとか言われちゃってねー?なっちゃんも絡まれないように気を付けてねー?」
「はぁ…」
「そういやお父さん帰ってきてる?海外にお勤めとかすごいわよねー?町内会のおじさんたちもお父さん帰ってきたら、一緒に飲みたがっていたわよー?」
「はぁ…」
別に急いではいないけど。
立ち話って、結構苦痛だな…おばちゃんのこと嫌いじゃないけど。
そして、話し込まれること10分ほど。
ようやく解放された。
こっちを振り返りながら、手を振って去っていく。
「じゃあ、今度おばちゃんがピンクちゃんの散歩に連れてってあげるわねー!じゃあねー!」
おばちゃん、シメはいつもそれだが。
ピンクを散歩に連れてってくれたことは一度もない。