王子様とブーランジェール
名前を呼んで駆け寄っていくと、今は俺の声が耳に入ったのか、顔を上げた。
「な、なつき…」
しかし、その顔を見て、息が詰まる。
「お、おまえ…」
「…え?」
桃李の額には、赤く腫れた擦り傷が。
先程の鉄パイプに当たった傷が…!
思わずその額の傷を凝視してしまう。
見られていることに気付いたのか、桃李は慌ててその額を隠した。
「だ、だ、大丈夫なんだよ!これ、当たっただけだから痛くない、痛くないよ!」
「大丈夫じゃないだろが…」
「本当に大丈夫だよ!平気だから…」
「平気じゃねえ!バカヤロー!」
何の関係もない男子生徒だけではなく。
とうとう、桃李をも巻き込んでしまった。
しかも、顔にケガまでさせて。
手が、カタカタと震えている。
もう、後悔でしかない。
自分への怒りと、後悔と。
もう少し、あともう少し早く駆け付けていれば、防げていたかもしれない。
中村のおばちゃんと立ち話さえしなければ、間に合ったのかもしれない。
いや、俺があそこで帰らないで、帰りを待っていれば…疲れたとか何とか言っていないで、一緒に帰っていれば、守ることが出来たはずなのに!
出来なかった…。
守ることが、出来なかった…。
桃李を巻き込んで、ケガをさせてしまったことに。
後悔と、怒りが治まらない。
「…それに、何で飛び掛かって行ったんだ!そのケガだけじゃ済まなかったかもしれないんだぞ!」
額の傷を見ると、心痛くて思わず咎める言葉を発してしまう。
「だ、だって横川くんが!」
「だからって、おまえがケガしたらどうもこうもないじゃねえか!」
「そ、それは…」
「…これ以上、俺に後悔させるな!」
思わず感情をぶつけてしまう。
…あっ。しまった。言い過ぎた。
と、思った時にはすでに遅く。
「な、夏輝、ごめ、ごめん、ごめんなさいっ…」
桃李の瞳にはうるうると涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちている。
そのうち顔を両手で覆って、声を出しながら泣き始めてしまった。
あ、ああぁぁ…。
「神田大丈夫か?!…って、泣かすな!」
奴らから逃れてこっちにやってきた陣太に、頭をペチッと叩かれる。
何の反論も出来ずに、うつむいたまま顔を上げられなくなってしまった。
またしても、やってしまった…。
八つ当たり…。
最低…最っ低!だ。